2026.10.19
小野 鎭
一期一会 地球旅 435 フランス逍遥(5) 南仏・ニース&パリにて
一期一会・地球旅 435
フランス逍遥(5) 南仏・ニース&パリにて
パリでの路上駐車は前後のクルマの間隔はほとんど隙間が無いくらいに並んでいることはいつも見ていることでニースでも奇異には感じなかった。どうやって出るんだろう?と息子は驚いていたが、以前からフランスでは、自分のクルマを出すときは、乗り込んだらエンジンを入れてとにかく前後のクルマをそっと(?)押すことを繰り返して隙間をつくり、その隙間から外へ出るのだとはよく聞いた話であった。駐車するときは、ブレーキはあまり固くはかけておかないこと。バンパーが多少へこんだりすることは気にしないこと、バンパーは、そのものずばり、Bump(ぶつける、突き当てる)をするためにあるのだと(?)心得られているらしい、とも聞いていた。
フランスでは、クルマを過度に大事な資産としては扱わず、実用的な「移動手段」と捉える傾向が強い。多少、バンパーが触れたり、擦れたりすることをあまり気にしないおおらかな文化があるという。(プジョー盛岡) 特にパリなど都市部では、歴史的な街並みや厳しい建築制限により日本のように大規模なタワーパーキングや広い駐車場を簡単に新設することができない。結果的には路上駐車が多くなり、駐車スペースも狭く、ぎゅうぎゅう詰めになることが多い。縦列駐車の場合、前後のクルマとの隙間がわずか数十センチしかない場合でもバンパーを「衝撃吸収材(バンパー)」と割り切って前後のクルマを押しやりながらスペースを開けて駐車・出庫することが伝統的に行われてきた。(近年は、クルマの仕様やマナーの変化で減りつつある)。こうした駐車事情を背景にシトロエンやルノーなどのフランス車は、狭い道路やタイトなスペースでも小回りが利くコンパクトな設計になっている。(シトロエン福岡)
とにかく、この時は、レンタカーであり、路上駐車のスペースはなかったので地下駐車場に入れることにした。昼間、モナコで経験していたようにここでも駐車場への誘導路は狭く曲がりくねっていた。駐車スペースが見つかり何とか車外へ出たが隣のクルマとのスペースが極端に狭いことはここでも同じだった。駐車スペースのことはこれまで聞いてはいたが、フランスはもちろん、海外での運転経験はほとんど皆無であり、自ら地下の駐車場に入ることは皆無と言っていいくらいであったのでモナコに始まり、ニースで経験したことはそれからあとの町でもほとんど同じであった。
もう一つ、気になったことはやたらにおしっこ臭いこと。盛り場にある駐車場であるため、そうなのかも?と思いながら地上へ出る階段も含めて強烈なアンモニア臭に鼻をつまみたくなる。フランスでは、日本のように公衆トイレはあまり見かけないことはこれまでも経験していた。この国には、「pipi sauvage(ピピ・ソヴァージュ/野生の小便)」という言葉があるほど、路上放尿が社会問題になっている。有料駐車場、特に地下駐車場へと続く階段やエレベーターホールの隅、駐車スペースの死角は人目が遮られるため、トイレに行き損ねた人たちに狙われやすい傾向がある。(BBC News)
カフェなどに入り、そこでトイレを使うことを心がけておき、そのためには小銭を準備しておくことはパリなどの市内見学でガイドがよく説明することでもあった。日本でも時々、駐車場の柵などに「小便禁止」と看板が立っていることはあるがこれほどひどくはない。地下駐車場などでは、トイレが併設されているところが多いし、近年ではコンビニでも用を足せることが多いので助かる。公園のトイレなども昔と違ってきれいになっているところが多いのでありがたい。最近では、日本のトイレが清潔で使いやすいことが評判で映画になったり、外国人観光客などが興味深く日本の公衆トイレなどを見学していことはよく聞く話である。
フランスというよりパリのことであるが、トイレ事情についてパリの観光サイト「Paris-rama」の興味ある資料があり、そこから抜粋して以下を紹介したい。
「花の都パリ」とはこの町を指す代名詞になっているが、昔は「鼻の曲がる都」であったらしい。数世紀前までは、窓から汚物を外に撒いていたなどと書いてある図書も多い。古代のパリには、水洗トイレがあったと言われている。それは、清潔好きな古代ローマ人による都市が築かれていたためであり、西ローマ帝国による支配が終わるとパリの高度なトイレ文化は姿を消し、不衛生な時代が続くことになった。中世、パリの各家庭にはトイレがなく、溜まった汚物はそれぞれの家の窓から街路へ投げ捨てていた。まだ、街路は石畳では作られておらず、道路は泥と汚物によるぬかるみでひどい悪臭を放っていた。ペストなどの疫病が大流行した背景の一つにはそのような理由もあるだろう。16世紀ころになると王侯貴族は自分用の携行トイレを持ち、これを使っていたという。カトリーヌ・ド・メディシス(16世紀)は赤いビロード張りの「用足し椅子」を使っていた。ルイ14世の時代、17世紀に造られたヴェルサイユ宮 殿にもトイレは一か所しかなかったがその便器は、大理石、陶器、マホガニーを用いて英国風に造られた快適なものであったとのこと。18世紀、ルイ15世は胡桃の木で作られた簡素な穴あき椅子で満足。ルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人は高級家具店に穴あき椅子を注文していた。王や貴族にとって穴あき椅子は長時間、我を忘れることができる快適な座席であったそうで、彼らはそこで瞑想に耽り、そこで指示を出し、そこで人と相談し、そこで物書きをした。上流階級婦人たちですら臭いの漂う穴あき椅子の周りに親しい人が集まっても赤面することはなかった。
家にトイレが無いということは、他の場所がトイレの代わりになっていたことを意味する。当然のように街路がその役目を果たしていた。パリに夕闇が迫るころになると、便器の中身が通りに投げ捨てられ、自然的欲求を我慢できない多くの人々は通りの隅で用を足した。宮廷人たちは、パリの一般大衆と同じく、中庭、階段、バルコニーで用を足すことに何らの恥じらいも持っていなかった。19世紀になってようやくフランス人はブルジョワジー(有産階級)による前近代的なトイレへの嫌悪から脱し、開放的で近代的な精神を獲得したと言える。中世のパリから20世紀のトイレの変遷を見るとき、それは正に衛生における地獄から天国への歴史、フランス人の精神の歴史と言えるだろう。(Paris-rama)
パリ市内でよく見かけるのは午前中、道路わきから水が湧きだし、歩道がまるで小さな川のようになっている光景、清掃員が水の流れをせき止めたり、方向を変えたりすることで人工的に強い水流をつくり、路上のごみやたばこの吸い殻、落ち葉などを排水溝へと落とし込んでいる。これは、単なる清掃風景ではなく、19世紀のパリが「不衛生」という社会問題と戦ってきた歴史的な闘争の痕跡だという。この水は、上水道ではなく、セーヌ川や運河などから引いた「非飲料水」=Eau non potableであり、道路の洗浄、公園の散水、下水道のメンテナンスだけに使われる安価な水、つまり、パリの街は、「川の水を使って、街ごと丸洗いできるシステム」を持っている。19世紀中葉までのパリは、華やかなイメージとは裏腹に「泥と悪臭の都」であった。「滞 留する不潔な都市」を一変させたのは、ナポレオン三世とセーヌ県知事オスマン主導によるパリの大改造であった。広い大通りは空気を循環させる「肺」、上水道は、新鮮な水を運ぶ「動脈」、下水道は、老廃物を排出する「静脈」。パリの下水道は単なる配管ではなく、人が立って歩けるほど巨大なトンネルになっており、パリは雨水も生活排水も一緒に流す「合流式」を採用しており、道路の汚れも最終的には下水処理場へと運ばれて浄化されている。(france_socio)
パリの街は地上の道路幅と地下に同じ幅のトンネル、二重構造となっていることはよく聞いていた。最近では、外国人観光客を増やす対策としても、パリ市内における公衆トイレの設置は重要な課題の一つとなっている。パリ市では、サニゼット(公衆トイレ)を設置することに力を入れており、2022年には430個以上のサニゼットがつくられた。これはパリの観光産業を回復させるための大きな施策の一つであり、今後は今まで以上にパリ市内で美しいトイレが見られるようになる予定であるという。(Paris-rama) 自分が最後にフランスを訪れてからすでに12年が過ぎる。駐車場事情はさほど変わっていないとしても、駐車場などの悪臭は少しでも改善されているようにと願っている。ということで、日本からの旅行者などもあまり苦労しなくて済むようになってきているのだろう。パリ以外のフランス各地でもそうであってほしい。
現業時代、フランスというより、パリはよく訪れた。オペラ座界隈には香水やスカーフ、ネクタイなどフランス土産として日本からの旅行者で溢れている土産物店がオペラ座やルーブル美術館近くに並んでいた。フランスでなぜあんなに香水産業が発達したのだろうなどとは当時は深くは考えもしなかったが、落ち着いて調べてみると、大きな理由は三つくらいあるらしい。一つは、近世に至ってもトイレが少なかったため。宮廷と一般とを問わず、街路や建物の廊下や庭園の陰などで用を足していたし、街路は汚物が投げ捨てられていて建物も街中は悪臭で満ちていた。二つ目は、昔は、「水や風呂に入ると、毛穴から病気の原因(ペストなど)が体内に侵入する」という 迷信がまじめに信じられていた。そのため、王族や貴族であっても一生に数回しか入浴しない人がいるほど、身体を洗う習慣がなく、人々の強烈な体臭をごまかすためには強い香水が必要であった。さらにトイレ事情と並んで重要なことが、「皮手袋」。イタリアから伝わってきた皮手袋がフランス貴族の間で大流行したが、当時のなめし皮は動物特有の強烈な臭いが残っていたという。このにおいを消すためにも、南仏「グラース」などで植物を使った香り付けが行われるようになり、フランスの香水産業を大きく発展させるきっかけになったとのこと。(栄研化学&カラリア)
駐車場の狭さと悪臭でフランスをすっかり悪者にしてしまったがそれが「ねらい」ではない。もっとフランスの良さを見聞することはたくさんある。コート・ダジュールの風景と料理、飲み物を楽しみ、ひと時を満喫したことはたくさんあり、この先、エクサンプロヴァンス、マルセーユからアルル、アヴィニヨンなどプロヴァンス地方でフランス文化を味わい、やはり訪れて良かったと思うことがたくさんあった。それらについて追々紹介させていただきたい。(以下、次号)
《資料》
・フランスの路上駐車と駐車場の狭さ:プジョー盛岡&シトロエン福岡
・「駆け込み型」の路上放尿(ピピ・ソヴァージュ):BBC News
・パリのトイレ事情:Paris-rama
・なぜパリの道路清掃は、流水を使用するのか?:france_socio
・フランス香水産業の発達:栄研化学&カラリア
《写真、上から順に》
・フランス流の駐車:Age of Innocenceより
・ニースの地下駐車場にて:2014年 筆者撮影
・Pipi sauvage(ピピ・ソヴァージュ/野生の小便):BBC News
・宮廷で便器に座ったまま、廷臣たちを迎えるルイ14世:France Hotel Guideより
・ヴェルサイユ宮殿の貴族たちは廊下や階段をトイレ代わりに使った: 同上
・パリでは流水で道路を清掃している:france_socioより
・サニゼット(公衆トイレ)の例:エクサンプロヴァンスにて:2014年 筆者撮影
・カトリーヌ・ド・メディシスは香水製造技術の利用を勧めた:Fragonard Parfumeur