2026.04.06
小野 鎭
一期一会 地球旅 407 初めての世界一周添乗(7)ロサンゼルスにて(1)
一期一会・地球旅 407
初めての世界一周添乗(7)ロサンゼルスにて(1)
ラスベガスから1時間飛んでロサンゼルスへ。うれしいことにラスベガスで案内してくれたL氏が同行してくれ、そのままロサンゼルスでの案内などを担当してくれたので心強かった。空港からホテルに向かったがその途中、丘の中腹で巨大なハンマーのようなものが動いていた。原油をくみ上げている油井だとのこと。石油採掘装置のポンプが首を振るように動いており、ロサンゼルスの町や南カリフォルニアの多くの地域が油田地帯の上にあるのだと納得した。
もう一つ驚いたのは、フリーウェイと呼ばれる自動車専用道路網、つまり高速道路網であった。サンタモニカ・フリーウェイやハーバー・フリーウェイなど片側3~4車線もある幅広い道路を次々にクルマが走り抜けていた。L氏に言わせると、LAの人口は800万、その一方、クルマが450万台以上もあるとのこと。周辺地域を含むメトロ・ロサンゼルス一帯には高速道路が網の目のように伸びており、毎日膨大な数のクルマが走っていること。一方では、1960年代のこの頃はまだ日本のような鉄道網はあまり無く、人も物資も乗用車やトラックが主要な輸送手段であり、LA地区では排気ガスが深刻な社会問題になっていることも付け加えていた。確かにラスベガスから砂漠の上を飛び越えてLA地区に差し掛かるとスモッグで空が曇り、市街地を見下ろそうとしても雲の隙間からちらっと見えるくらいであった。日本でも大気汚染が社会問題となってきており、1970年には光化学スモッグという言葉が使われるになっていった。
そんな説明を聞いているうちに、中心街からハリウッド地区に入っていった。ロサンゼルスでの宿泊は、ダウンタウンと呼ばれる中心街ではなく、ハリウッド地区のサンセット大通りにあった。1960年代に日本でもテレビで放映されたアメリカのテレビドラマシリーズ「サンセット77」という探偵もので、その探偵事務所がサンセット大通りの77番地にあるということになっていた。事実、我々が泊まったホテルから少し行ったところにドラマで出てきた探偵事務所として使われていた建物があった。当時は、ナイトクラブ(?)となっており、ロスのナイトツアーで日本人旅行者もよく訪れていた。ハリウッドの華やかさとアメリカ社会の豊かさに憧れた日本人も多かったと思う。
ハリウッド一帯は、映画で見る風景が随所にあり、興味深かったがそれ以上に嬉しかったのが、リトル・トーキョーで味わった日本食であった。日本を発って4週間余り、途中、日本食らしいものは数回食べてはいたが先生方も添乗員もヨーロッパの食事やアメリカの大雑把な味(?)の食事にかなり疲れていたというのが正直なところ。エビ天は尻尾まできれいに食べる人もあったがなんと言ってもご飯がおいしかった。ガイドのL氏はこの米はカリフォルニアで作られている国寶米で日本のコメよりも美味しいよ、と彼自身も誇らしそうな顔をしていた。この添乗を終えて、その翌月、今度はカリフォルニアの農業事情視察研修の添乗でこの国寶米がつくられている農場を実際に訪れる予定であったのでいっそう楽しみであった。
アメリカ合衆国を初めて訪れて、ニューヨークから連邦の首都ワシントンDC、そして中西部のシカゴ、さらに西部のラスベガスからロサンゼルスへ。現地ではLAと短縮して呼ぶことが多かった。LAは、1969~1970年当時シカゴに次いで、全米第3位の人口を抱える大都市であった。周辺の都市群を含めたメトロ・シカゴが609万に対してメトロLAは819万であり、ニューヨークに次ぐ大都市であった。産業経済面では、極めて活発に成長していたことがよくわかる。2010年には、メトロ・ニューヨーク 2,010万、メトロ・LA は1,920万と大きく成長している。ところで、人口規模について調べているうちに、一つ新しいことを知った。米国では、この国が独立した1776年の14年後の1790年からセンサス(人口調査)が行われており、2020年まで10年ごとに人口面での全米10位までの都市のリストが提示されている。因みに、日本では、1871年に戸籍法が交付され、それから公的な人口調査などが行われていると思われる。
アメリカの都市人口10位までのリストを見ると、 1980年頃までは、中西部から北東部にかけての都市が多いが、それらの多くは停滞又は人口減少が著しい都市もある。これに対して、1990年ごろからは南部~西部にかけての都市の人口が大きく伸びており、これらの地域での産業経済が著しく発展していることがわかる。10位までの都市のリストをグラフで見ると、中西部から北東部にかけての地域はRust Belt(錆びたベルト)と呼ばれており、西部から南部にかけての地域がSun Belt(サンベルト=太陽のベルト)と書かれている。サンベルトの中でも最大の都市がLAであり、次いでテキサス州のヒューストンやダラス、サン・アントニオ等、カリフォルニア州のサン・ディエゴ、アリゾナ州のフェニックスなどがある。私はこれらの町をいずれも訪れているが特にフェニックスはなじみ深い。1972年に初めて訪れているがそれから2015年までに十回くらいは訪れている。毎回行くたびに発展して市街地が広がり、高層ビル群が増えていることを如実に感じてきたことを覚えている。(以下、次号)
《資料》
・アメリカの人口10位までの都市:List of most populous cities in the United States by decade: Wikipedia
《写真、上から順に》
・南ロサンゼルス地区で稼働していた油井(ロングビーチ市近くのシグナルヒル市 1970年ごろ)、Los Angeles Oil History : KTLA Channel 5 資料より
・スモッグに覆われたロサンゼルス地域(DTLA:Downtown Los Angeles:サンタモニカ・フリーウェイとハーバー・フリーウェイのインターチェンジ(1970年ごろ):LA Power and Energy Associates 資料より
・テレビドラマ「サンセット77」77 Sunset Strip:Shroud of Thoughts資料より
・国寶米(Kokuho Rose) Koda Farms : U.S. Front Line資料より
・平成11年度(1999年度)海外看護事情視察団 1999年10月 シカゴ・ミシガン湖畔にて:後列右端が筆者
・NASAジョンソン宇宙センター(ヒューストン):1982年7月 筆者撮影
・アリゾナ州都フェニックス市遠望:1997年、筆者撮影