2026.07.27
小野 鎭
一期一会 地球旅 423 ドイツからオーストリアへの思い出、ミュンヘンからウィーンへ(5) ザルツブルクにて3
一期一会・地球旅 423
ドイツからオーストリアへの思い出、ミュンヘンからウィーンへ(5)
ザルツブルクにて③
ドイツからオーストリアへの思い出、ミュンヘンからウィーンへ(5)
ザルツブルクにて③
ザルツカンマーグート地方には、温泉保養地が点在していることは書いたがバート・イシュル(Bad Ischl)はその筆頭であろう。皇帝の街バート・イシュルはザルツカンマーグート地方の中央部にあり、13世紀ごろから岩塩坑が開かれ、塩の山地として発展してきた。19世紀になると塩水が医療用として使われるようになり、飲泉場や温泉を利用した保養施設等が建てられ、温泉保養地として発展してきた。文化・芸術活動の場としてにぎわうようになり、政治家や文化人が訪れ、お洒落なスパリゾートになっていった。オーストリアの外相でナポレオン戦争後の国際秩序であるウィーン体制を支えたクレメンス・メッテルニヒも訪れている。1853には、フランツ・ヨーゼフ1世(後のオーストリア皇帝)とエリーザベト(シシィ)の婚約式が行われた後、皇帝はこの地を狩りや保養の地として頻繁に訪れるようになった。今から112年前の1914年7月28日、カイザー・ヴィラ(kaiser Villa=皇帝の別荘)でセルビア王国に対する宣戦布告状に署名、これが第1次大戦開始の合図となり、皇帝は、翌日この町を去り、生涯この地を訪れることはなかったそうである。
2002年の還暦ヨーロッパでは、この町で知られたKonditorei Café Zaunerで昼食を摂った。バート・イシュルの案内を見ると、1832年来 旧宮廷御用達のケーキ店とあり、カフェとレストランとしてこの街ではよく知られた名店であろう。その後、私は、数回この店を訪れることになった。2005年のいやしの旅では、ここで食事をとり、トラウン川に沿った美しい庭園で休憩して午後のひと時を過ごした。2011年に家族でザルツブルクに2泊したがこの時は、中の一日をザルツカンマーグート地方へのドライブでこの店を訪れた。息子がこの町には作曲家フランツ・レハールの家があるので行ってみたいという。レストランで尋ねたところ、川沿いにあるということであり、行ってみた。生憎、この日は休館日で彼は悔しがり、しっかり写真を撮っていた。レハールは、1870年にハンガリーで生まれているが当時はオーストリア・ハンガリー二重帝国の時代、ウィンナ・オペレッタの分野で活躍し、バート・イシュルには彼の住まいがあり、1945年に第二次大戦が終結、それから3年後の1948年にこの地で生涯を終えた。その住まい跡が「フランツ・レハール・ヴィラ」として、公開されており、彼の作曲した楽譜や著書など、多く資料が残されているとある。レハールと言えば学生時代にワルツ「金と銀」やオペレッタ「メリー・ウィドウ」のワルツをよく聴いたことが懐かしい。また、ブラームスも、この地で 1891年にクラリネット五重奏曲を作曲しているとのこと。
この地方には、他にも景勝地があり、ハルシュタットはもっとも有名かもしれない。ザルツカンマーグートとは、「塩の王領地」という意味だそうであり、古来岩塩の採掘で栄えてきた。その中でも、ハルシュタット周辺では、数千年来、岩塩の採掘がおこなわれており、先史時代の墓地や青銅器などが発掘されている。16世紀には、神聖ローマ帝国によって国有化されてハプスブルク家の重要な財源ともなった。ケルト語では「ハル」は「塩」を指し、ハルシュタットとはまさに「塩の街」ということになる。一帯は、「ハルシュタット・ダッハシュタイン・ザルツカンマーグートの文化的景観」として、世界文化遺産になっている。私たちもこの地を訪れたがこの日はあいにくの雨、静かな湖面は鏡のように静まり返っていた。もう一つ覚えていることは、駐車場でハルシュタットの集落と雨に煙った写真を撮ろうと構えていたところ、一匹の猫が私たちと同じように風景を眺めていた。家人も息子も猫好き、かなりの枚数この猫の写真を撮っていた、ハルシュタットと言えば、風景もさることながら、この猫が思い出される。世界中の猫の写真を撮っている岩合さんであればきっと素晴らしい作品を残しておられるに違いない。
ザルツブルクへの帰路、この時は通り過ぎたが、2005年、いやしの旅の時は、モント湖(Mondsee)の湖畔にある集落に寄って、モントゼー大聖堂(Kloster Mondsee)に入ってみた。映画「Sound of Music」でマリアとトラップ大佐が結婚式を挙げた教会として紹介されている。バロック式の大きな教会であったが、内部の荘厳さに圧倒された。ところで、今回この大聖堂について調べ直してみたところ、2005年のこの年、教皇ヨハネパウロ2世は、この教会を小バシリカ(Dom zur Basilica Minor*)に昇格させたとある。すなわち、この地域でのローマ・カトリック教会としてさらに地位 が高くなったということなのだろう。外へ出てみると教会前の通りに並んでいる建物は窓枠などが美しく彩られており、カフェでの一休みはちょっと乙なものであった。(以下、次号)
《資料》
・バッド・イシュル(Bad Ischl):Austria Info.
・フランツ・レハール(Franz Lehár): Wikipedia & Lehár Villa資料より
・世界文化遺産ハルシュタット・ダッハシュタイン・ザルツカンマーグートの文化的景観:NPO法人 世界遺産アカデミー発行 すべてがわかる世界遺産1500・下巻
* 小バシリカ:ローマ教皇庁から特権と地位を認められたカトリック教会の重要な聖堂のこと。ローマにある4大バシリカ以外の重要な教会にあたり、日本では、長崎県の大浦大聖堂が2016年に認定されている。:カトリック長崎大司教区資料より。
《写真、上から順に》
・バート・イシュルのカイザーヴィラ(Kaiser Villa): Bad Ischul 資料より
・カフェ・ツァウナー(Konditorei Café Zauner):Café Zauner絵葉書
・レハール・ヴィラ(Lehárvilla):Bad Ischl資料より
・ハルシュタット風景:2011年 筆者撮影
・ハルシュタットの猫:2011年 筆者撮影
・モントゼー大聖堂:Wikipediaより
・モントゼーの通りにて:2005年筆者撮影