2026.01.19 小野 鎭
一期一会 地球旅 397 大阿蘇から久住への旅(8)
一期一会・地球旅 397 
大阿蘇から久住への旅(8) 

九重地域では、他にも忘れられない思い出がある。この地域にはたくさんの温泉があり、大分県は日本一の温泉県として知られている。その一つが宝泉寺温泉、いかにもリッチな気分になれそうな名前であるが、そのご利益に恵まれた記憶はない。父の妹(叔母)は、大分県玖珠郡の粟野(あわの)というところに嫁いでいた。一帯は玖珠川の両側に広がる農村であったがその背後には万年山(はねやま)という頂上が平たいテーブル状の山があり、観光的にも山好きの人々にも知られている山らしい。子どもながらに美しい農村風景だと思ったことを覚えている。
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叔母の夫は、農村ではあったが農業ではなく、国鉄の機関士として久大本線の機関車に乗務していた。今から74~75年前の小学校の2年か3年生の頃の夏休み、叔母の嫁ぎ先に遊びに行ったことを覚えている。一番の楽しみは、機関士の叔父から鉄道の話を聞くことや久大本線の駅名を久留米から終点の大分まで順に教えてもらってそれを記憶することに夢中であった。豊後森駅には、豊後森機関庫があり、扇型の転車台があった。叔父はそれを見に連れて行ってくれたし、機関車の窓から顔を出したポーズはとにかく格好良かった。豊後森の次の恵良から宝泉寺まで宮原線(みやのはるせん)があった。実際には豊後森から宝泉寺間を走り、その後、肥後小国まで結ばれていった。熊本県と大分県から木材など大量の貨物輸送も行われていたのであろう。 

叔父は、この宮原線にも乗務していると聞いていた。機関車の運転室はずいぶん暑いところだろうと子どもながらに想像し、どうなっているのだろうと好奇心旺盛。そこで、恐る恐る、機関車に乗せて欲しいと頼んだところ、即答ではなかったが、停車中の機関車ではなく、実際に走る汽車の機関車に乗せてくれるという。宮原線は、豊後森から宝泉寺まで、距離は11km少々、時間にすると30分足らずであったらしいが自分が乗務するとき、それに乗せてやろうとOKしてくれた。当時も今も運転士や機関助士以外が運転席に乗ることは特別な場合以外は厳禁されているに相違あるまい。多分、叔父は格好いいところを見せてやろう、という気もあったかもしれない。そして、甥っ子の熱意に応えてやろうと思ったのかもしれない。機関庫では、上司から許可が出ているとは思えないが、内々、そのあたりはこっそり進めたのであろう。出発進行! 機関士は天井からつり下がっている紐を引っ張るとポーっとあの警笛が鳴り、列車はゆっくり走り始めた。機関車に乗っているので見えないが、大きな動輪がゆっくり回り始めて次第に速度が上がり、快調に走り出した。
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真夏の日照りのもと、機関室は助士が石炭を釜にスコップで次々にくべており(釜に放り込んでおり)暑さは想像以上であった。機関士と機関助士の邪魔にならないように小さくなって釜の中や窓から見える景色を見るのに夢中であった。“♪今は山中、今は浜、今は鉄橋渡るぞと、思う間もなくトンネルの、闇を通って広野原♪”子どものころ歌っていた唱歌「汽車」の歌詞、そのままの風景が通り過ぎて行った! 山間地なので浜は無いけれど、緑一色の田んぼの風景と遠くの家々、その向こうに緑の山々の風景は今も走馬灯のように思い出される。九州一の大河である筑後川上流である玖珠川の鉄橋を渡り、その次はトンネルであった。機関室には窓が無いので煙が入ってくると覚悟はしていたが、意外に煙くなかったと思う。列車はトンネルに入ると煙が入ってくるので窓を閉めるが、機関車は頭の上から煙が出ておりトンネルの中では後ろに流れていくので機関室は煙くなかったということであろう。宝泉寺駅までどのくらいの時間であったか覚えていないが、天下を取ったような気分であった。鉄道好きが聞くと信じられない!と驚くに違いあるまい! 

最後に、くじゅう連山でもう一つ、書きたいことがある。2024年11月、高校の同窓会&同期会があり、久しぶりに帰郷した。その後、義弟が、大分県の九重町に「夢の大吊橋」を見に行きませんかと誘ってくれた。聞くと、日帰りでも行けるという。地図を見るとその橋は飯田高原にあり、福岡県飯塚市からは国道211号線を南へ走って、筑紫山地を抜けて日田盆地へ入る。そこから大分道を利用して、九重ICで下りて山間を上っていくとやがて到達できるとのこと。途中、福岡県の東峰村を通ったが2017年の北部九州豪雨で大きな被害を被って道路や崖など各所にその爪痕が残っており、修復工事が多くのところで行われていたのが目についた。
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九重ICを下りると豊後中村あたりであった。高校時代、くじゅう連山に登ったが、あの時はここまで列車を乗り継いでバスで飯田高原へ上がっていった。ほとんど一日がかりであったと思うが、今回は3時間半ほどで到達した。時の流れを改めて感じる。このあたりから山間を九十九折に上がっていったが途中、九酔渓(きゅうすいけい)という景勝地を通った。新緑や紅葉、滝の景観が美しい渓谷として知られているそうだが、11月も下旬、あいにくの雨とあって、訪れる人も少なかったらしい。シーズン 中は渋滞続きで大変な賑わいを見せるそうであるが、この日は割にすんなり通ることができた。
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やがて、目的地に着いた。九重・夢の大吊橋は、平成18年(2006)にオープン、長さ390m、高さ173m、歩道幅1.5m。この橋は歩道専用としては「日本一の高さ」を誇るという。目の前には、「日本の滝・百選」にも選ばれた震動の滝・雄滝と雌滝を望み、足下に筑後川の源流域をながれる鳴子川渓流の原生林が広がり、四季を通じて折りなす大自然の変化は訪れる人を魅了してやみません、と案内がある。ところが生憎の濃霧と霧雨に遥か眼下に雌滝の流れ落ちる激流とその周りに紅葉風景がうっすらと見えるくらいであった。高所恐怖症のある自分としては却って高さと眼下の風景にびくびくする思いもせず、霧の向こう側に消えている吊橋を渡り終えることができた。そして、戻ってくるときは、はるか向こうを見渡せば、くじゅう連山の峰々が少しは見えるかと目を見張ったが濃霧の向こうには何も見ることができず、残念至極であった。できることなら、今一度、「天空の散歩道」から三俣山や涌蓋山など雄大な「くじゅう連山」が横たわる360度の大パノラマを眺めたいものと、夢見ている。(以下、次号)
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《資料》 
・九酔渓について:観光スポット・ツーリズムおおいた 資料より 
・九重・夢の大吊橋について:九重“夢”大吊橋 資料より 

《写真、上から順に》 
・旧豊後森機関庫と転車台:大分県玖珠町資料より 
・宮原線でも使われていた国鉄C11型蒸気機関車:Wikipediaより 
・九重・夢の大吊橋は、霧の中の大吊橋であった!:2024年11月 筆者撮影 
・大吊橋の中ほどから遥かにみえた震動の滝・雌滝:2024年11月 筆者撮影 
・九重“夢”大吊橋:日本一のおんせん県・大分県の観光情報公式サイトより