2026.11.02 小野 鎭
一期一会 地球旅 437 フランス逍遥(7) マルセーユにて1
一期一会・地球旅 437
フランス逍遥(7) マルセーユにて①

ニースを発ってマルセーユへ向かった。途中プロヴァンス地域でも文化と歴史に彩られた町として知られているエクス・アン・プロヴァンス(Aix-en-Provence)に立ち寄った。ニースからは約170㎞、海岸を行けばいわゆるコートダジュールの神髄ともいうべきカンヌやアンティーブなど名だたる景勝地があるがそちらを通っていくとそれこそ一日がかりになってしまう。ここはパスしてオートルート(高速道路)をは走って2時間弱で到達。途中、最近はやりの映画「トランスポーター」にも出てくる南フランスの風景が車窓に広がっている。しかしあの映画の主人公のようなカッコ良さではなく、自分は1997年にニースで盗難に遭って「帰国のための旅行証明」を発行してもらうため、タクシーを借り切ってマルセーユにある日本国総領事館に行ったときの陰鬱な空がどうしても脳裏に浮かび、何とも情けない思い出が蘇ってきた。
エクスの街では予定した観光先や主たる目的はなかったがプロヴァンス地域でも代表的な街の一つ、それを味わって見たかった。中心街の駐車場にクルマを置くことにしたが路駐ではなく地下の駐車場がすぐに見つかった。駐車スペースが狭いことはここも同じであり、どうやらフランスの駐車場というのはどこへ行っても一般的にはおおむね同じらしいということに気づいた。ただし、ここでは「おしっこ」の臭いはあまり感じなかった。比較的新しい設備であるからなのか、やはり「それは」大きな町ほど酷いということなのかもしれない。この町の目抜き通りであるミラボー通り(Cours Mirabeau)のカフェでサンドイッチとコーヒーで小腹をなだめ、それから少し歩いてサン・ソーヴィル大聖堂(Saint-Sauveur Cathédrale)に詣でて旅の安全を祈った。5世紀から18世紀にかけて、つまり気の遠くなるような長い時間を経ていろいろな時代の異なる建築様式が融合された、街で最も古い歴史ある大聖堂であるとのこと。次いで、菓子鋪Béchardに寄ってエクスの伝統的な銘菓カリソン(アーモンドとフルーツの砂糖漬けをペーストにした焼き菓子)を買った。日本まで持つのかそれとも旅の途中で胃の腑に落ちていくのか。エクスには印象派の巨匠セザンヌが晩年に制作活動をしたアトリエがある。そして、どこかの高台まで行けば彼が描いたサント・ヴィクトワールの山が見えるらしいがいずれも立ち寄らず、早めにマルセーユに向かうことにした。こちらは1泊だけであり、見たいところも数か所あるのでもっと時間が欲しいというのが理由であった。
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マルセーユでは、新市街にあるチェーンホテルの一つであったがこれを利用、セミ・スイートでゆったりした部屋であり3人で悠々泊まれた。駐車場はホテルに隣接して屋内設備があり、こちらは今までよりは広く、新しい建物などでは駐車スペースも少し広めに作られているらしい。チェックインして、また、すぐに出かけた。この町での見どころは、Vieux Portと呼ばれている旧港一帯であろうと思っているがこれは夕食でこのあたりに来ることを考えていたし、翌朝散歩しようと決めていた。次いで目指すところは先ずノートルダム・ドゥ・ラ・ガルドがある。参拝というより聖堂は旧市街を見下ろす丘の上にあり市街地とマルセーユ湾一帯を展望するうえで絶好の場であり、それを楽しみにしていた。旧港近くには、2013年にオープンしたヨーロッパ地中海文明博物館がマルセーユの新しい名所として紹介されており、興味はあったが時間的制約もありこれはパスせざるを得なかった。
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ノートルダム・ドゥ・ラ・ガルド大聖堂(Basilique Notre-Dame de la Garde)は旧市街の奥にある小高い丘の上に建っており、この町で一番の見どころであったと思う。昔、この町には幾度か来たことがあり、聖堂も見学したことはあるとは思うが多忙であったこともあり、内部は見学していない。聖堂はこの町の守護聖人とでもいった趣のある建物であり、内部に入ると中央祭壇の周りの壁いっぱいに聖人たちの絵がかかっている。それと並行して信者たちが寄進した漁師や船乗りの安全を祈願した模型の船や奉納画が飾られており、さながら美術館を見学しているような豊かさを覚えた。聖堂の頂上には金ぴかに輝く聖母子像が置かれており、地元の人からはLa bon mere=「良き母」として親しまれ、ロマネスク&ビザンチン様式の大聖堂は見事であった。マルセーユの港に帰ってくる船の上で船乗りたちは丘の上にそびえる大聖堂の金色の母子像に手を合わせたことだろう。聖堂のあるテラスからはマルセーユの街並みが見事に広がっており、その向こうにはユーロメディテラネ(Euroméditerranée)と呼ばれる新市街地域広がっている。
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湾内には夕日を浴びたてイフ島が見えた。島には大きな建物が立っていることが遠くらもわかった。この島はアレクサンドル・デュマの名作「モンテ・クリスト伯」(巌窟王)の舞台として知られている。島には、シャトー・ディフ(Château d'If=イフ城)があある。島の周囲は海流が非常に激しく脱獄が不可能なことから、16世紀中ごろから1914年まで国家犯や政治犯、宗教犯を収容する監獄として使用された。アメリカのサンフランシスコ湾にはアルカトラズ島があり、かつて連邦刑務所として使われていたこととよく似ていると思った。
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マルセーユの港を見下ろしながら、思い出したことがあった。私の父は、海軍軍人であり、戦時中、船の上では通信士として従軍していた。海軍兵学校への入学を希望したが学力の面ではついて行けず、海軍通信学校に入った。そして、卒業にあたっては、遠洋航海で軍艦出雲にのり、舞鶴を出てアジアからインド洋、スエズ運河から地中海を航行、マルセーユまで行ったとのこと。昭和5~6年というから1930年から翌年まで180日間の長期航海だったと聞いている。セピア色のアルバムを見たことがあるが、マルセーユ港滞在中、今でいえば、オプショナルツアーがあり、列車でパリまで往復したとのこと。父は、私が初めての添乗で1966年にパリにも行ったことを話すとシャンゼリゼ通りであるとか凱旋門のことなどを懐かしく思い出していたようだった。今から95年くらい昔の話であり、当時のマルセーユ港はどんな様子であったのだろう? その父の訃報を知ったのは、1976年、カナダ添乗中。いまから丁度50年前のことだった。(以下、次号)

《資料》
・エクス・アン・プロヴァンス:エクス・アン・プロヴァンス観光局
・菓子鋪 ベシャール:Pâtisserie Béchard - Aix-en-Provence
・ノートルダム・ドゥ・ラ・ガルド大聖堂:マルセーユ市観光局 & Wikipedia
・イフ島: マルセーユ市観光局 & Wikipedia 

《写真、上から順に》
・エクス・アン・プロヴァンス/ミラボー通り:2014年 筆者撮影
・菓子鋪 ベシャール:2014年 筆者撮影
・ノヴォテル・マルセーユ・ユーロメド・センター:Novotel Marseille Centre Euromed : 資料より
・ノートルダム・ドゥ・ラ・ガルド大聖堂の聖母像とマルセーユ市街、眼下に旧港(Vieux Port):マルセーユ市観光局資料より
・イフ島(Château d'If ):2014年 筆者撮影
・マルセーユ市街とマルセーユ港一帯:2014年 筆者撮影