2016.06.14 小野 鎭
一期一会地球旅112「いやしの旅 (その5)」

一期一会 地球旅 112

いやしの旅 (その5)

 ミュンヘンを発って車窓からの美しい風景を眺めたり、列車の心地よい揺れにまどろんだり、ウィーンから始まった旅のあちこちでの思い出をたどったりしながら4時間余、やがてチューリヒ中央駅に着いた。 駅構内の両替所でスイスフランに両替したり、トイレに行ったり、背伸びをしたりして現地アシスタントの誘導で駐車場へ向かった。 この時の現地手配会社(Land Operator)の本社はここチューリヒにあり、日本人旅行担当部の責任者も挨拶に来てくれた。視察や研修など専門分野の団体旅行の取り扱いでパートナーとして長年お付き合いしてもらっているが、90年代に入ってからはそのような専門家グループと並行して、障がい者旅行、やがてバリアフリー旅行という呼称に変わってきたが、車いすを使用する方、目の不自由な方、盲導犬を同行する方、あるいは難聴の方、食物アレルギーのある方などお客様の幅も広がってきており、旅行会社からの要望も多岐にわたり、次第に要求内容が細かくなってきているとの話であった。
一方では、そのようなお客様への対応に手慣れている会社もあれば、そうではない会社もあり、その面での苦労もあるらしい。手配会社として旅行会社からの要望に応えるためには先ず、自分たち自身も多くのことを理解しなければならない。その上で、ホテル、バス、レストラン、ガイド、医療機関などへそれをどのように伝えて協力を取り付けるか、旅行会社からの注文にできるだけ応じるようにと努めてはいるが、文化や国情の違いもあり、容易には対応できないこともおおく、苦労も多い、とのことであった。10分ほどの立ち話であったが、ぜひこれからもより多く協力してほしい、とお願いしてバスに乗った。

この日はチューリヒからベルナーオーバラント地方のラウターブ

ルンネンまでの送り、そして3日後、ラウターブルネンに迎えに来てもらい、そこからルツェルンへ、さらに最終日はチューリヒの空港までの送り、と都合3回の長距離移動があり、いずれもリフト付き大型バスが確保されており、具合が良かった。豪壮なチューリヒ中央駅を出て市中心部から湖岸を眺め、森の中をしばらく走ると周りはすっかり牧歌的な風景に変わり、独特な建て方の農家と古い集落、その向こうの湖面が明るい日差しを受けて眩しいほど輝いていた。中央スイスと呼ばれる一帯で、その向こうには早くも白雪を抱く山並みが見えてくる。ドイツなどで見ていた山岳風景よりさらにスケールが大きく、ふもとの緑野を走っていくと次第に高度が上がっていく。木立の間から
エメラルドグリーンの湖水が見え隠れする。ブルーニック峠にいたる坂道で小休止。眼下にザルネンやルンゲルンという名前の可愛らしい湖と家並、その真ん中に天を突き刺すような尖塔をもつ教会が見える。日本の九州より少し広いくらいのスイス、東西と南北の一番遠い地点を線で結ぶとその交差するところがこの当たりらしい。絵葉書のような美しい光景が広がっていた。

海抜1000m余りのブルーニック峠を超えて向こう側へ下りていくとベルン高地(ベルナーオーバーラント)であった。途中、ブリエンツという木彫りで有名な町で小休止。通りの両側には土産物店が軒を連ね、大小の木彫の人形や絵皿、オルゴールなどが並んでいる。お土産に最適と言いたいところだが、値段はかなりもの、人件費の高いスイスでは無理からぬこと?などと妙に納得する。
小休止の後、少し走るとこの地方一帯の山岳リゾートの中心地インターラーケン。今回は、ここからさらに奥へ入りラウターブルンネンに至り、ここでバスドライブを終えた。「3日後にまたよろしく!」とドライバーに声をかけて、ここからはケーブルかーと電車でミューレンまで行く。今では大型ロープウェイに変わっているが、2005年当時はまだケーブルカーであり、かなりの年代ものであった。標高差約700m、急勾配を10分足らずで上って行った。ケーブルカーの後ろには
トラックの荷台のような台車が連結されており、スーツケースなど大 きな荷物はこれで運ばれる。路線バスや市バス、市電を始めとして、鉄道王国といわれるスイスでは、連邦鉄道、地域鉄道、ケーブルカー、ロープウェイ、チェアリフトなど、国全体の6割以上が山岳地帯といわれるこの国であるが人の移動や荷物の輸送など交通と運輸の仕組みはとても良く整っている。そして、定時運行ということから言えば多分日本と双璧であろう。もちろん、たくさんある湖水では遊覧船なども大変便利であり、快適である。 ラウターブルンネンの巨大なU字谷を谷底から上りきるとグリュッチアルプという
乗換駅。ホームに立つと眼前にヴェンゲンアルプ、そしてアイガー、メンヒ、ユングフラウなどの雄大な風景が広がっていた。目の前の大パノラマに圧倒され、歓声を上げつつみんな夢中でシャッターを押していた。車いすのメンバーも順調にここまで上がってこられた。ホームでは列車の
デッキと数十センチ、数段の段差がある。駅には簡易リフトが備えてあり、駅員が操作してくれて楽に乗降できる。ホームで次の電車が来るまで数分、やがて2両編成の電車が入ってきた。ミューレンまではアルプといわれる山岳牧場と針葉樹の森の中を抜けて20分ほど。眼下には先ほど通ってきたラウターブルンネンの峡谷が見え、はるか向こう側には対岸の絶壁が殆ど垂直に数百メートルも落ちている。やがて終点のミューレン駅に着いた。海抜1620mとある。 ミューレンは筆者が一番推奨する山岳リゾートである。
谷底の集落からは一般道は通じておらず、この小さな集落には荷物運搬用の電気自動車以外はないとのこと。花いっぱいの通りはどこまでも静か、青い空と緑野、新鮮な空気を胸いっぱいに吸いながら、圧倒されるような大きさの峰々を眺めながらの散策が楽しい。駅を出ると目の前に大型の山小屋風のホテルアイガーがある。個人的には先々代のころから親しく訪れている家族経営の
ホテルである。この「地球旅」でいく度も書いているので繰り返しは避けるとして、今回も一行を大歓迎してくれた。残念ながらアクセシブルルームは設置されていないが、これまでも車いす使用のお客様の宿泊、あるいは食事で立ち寄ったこともある。その都度、心地よく過ごしていただけるように何らかの工夫をして不便さを少しでも少なくするよう便宜を図ってくれている。今回もきっと楽しく過ごしていただけるに違いない、と願いつつチェックインした。(以下次号)   (資料  上から順に、一部を除いて、いずれも2005年7月当時) アクセシブルルームのシャワールーム(Munich Hilton) リフト付き大型バス ルンゲルン湖遠望(ブルーニック峠に至る国道にて) ラウターブルンネンのケーブルカーの駅(階段左側に車いす用昇降用リフト) ケーブルカー車内(この後、間もなくロープウェイにかけ替えられた) 車いす用簡易リフト(こちらはインターラーケン東駅にあったやや大型のもの) グリュッチアルプ駅(1489m)にて(背景右側がユングフラウ、左がメンヒ) ミューレンは花いっぱい(右側の尖った山がアイガー) ミューレン駅とホテルアイガー(これのみ資料借用)  

(2016/6/14)

小 野  鎭