2017.02.01
小野 鎭
一期一会 地球旅144 地球の歴史を見に行こう グランドキャニオンに遊ぶ(5)
サウスリム西端のハーミッツレストには昔風の建物があり、軽食や土産物が売られている。
そしてミニ博物館のような展示もある。この建物は米国歴史的建築物としても登録されているとか。建物の前はそのまま大峡谷の崖になっておりコンクリートの縁(へり)に腰かけて目をやると広く深い谷を挟んで対岸のカイバブ台地がどこまでも広がっていて遥か地平線まで続いている。どれだけの広さがあるのだろう。グランドキャニオン国立公園はその名前の通り、大峡谷一帯に東西に細長く広がっている。世界最大の峡谷をつくってきたコロラド川は446kmにわたってこの谷の底を今も一秒の休みもなく流れているという。国立公園の面積は4,926㎢でこれはわが国で一番広い大雪山国立公園の2倍余りの広さでもある。 地図を見ると峡谷はさらに240㎞あまり西の方へ伸びているがコロラド川の南側一帯の多くは国立公園ではなく、先住民の居留地(Reservation)として指定されており、ハヴァスパイ・インディアン族、さらにワラパイ族が管理している地域として紹介されている。遊覧道路はハーミッツレストが終点でその先に業務用駐車場、そして未舗装の細い道路が森の中に延びていた。ここから先は徒歩でしか行けないがどこまでも灌木の森が続いているらしい。Indian Reservationへ続いていることは地図を見ればわかるが実際にはどのようになっているのだろう、興味は尽きないがここではそれ以上は入っていけない。
崖っぷちの堤防の向こうには愛くるしいリスが遊んでいた。 ついエサをやりたくなるが勿論それはダメ! 餌をやらないでください、と数か国語で注意書きがある。一帯はピクニックをする人もいるがサウスリムの中心であるビレッジなどに比べるとこのあたりではずっと人も少ない。シャトルバスが折り返すロータリーの向こうにはトイレもあり、車いすが表示されたドアが数枚ある。共用トイレであるが近年わが国で設置されている温水洗浄始め、たくさんの機能がある多目的トイレと比べると素朴そのものである。ビレッジからクルマで2~30分離れており、水道設備はもちろんあるがかなりの距離があり、停電したり、水道のトラブルなどがあるとおよそ用を為さないことになる。 人里からも遠く離れており、修理とても容易ではあるまい。破損や故障も少なく、あまり手を掛けなくても機能を果たすためにはむしろこちらの方が実利的であろう。
ここで、グランドキャニオン国立公園内のアクセシビリティ=移動の円滑化という観点から注目してみたい。ホームページには、多くの案内と説明があり、「グランドキャニオンの多くの施設や設備は現在の移動の円滑化基準よりも以前に建設されていること。一帯は荒れ地が多く、遊歩道などは狭いところや石ころの道が多く、急な崖路になっているところが多いこと。従って、車いす使用の方や視覚障害のある方は介助者が必要でしょう」とある。すべてのシャトルバスは、車いす(幅76㎝以内、長さ122㎝以内)の塔載が可能であり、ランプ(バス乗り場)もバリアフリーであること、ただし、多くのスクーター(ハンドル付き)は塔載できない、とある。また、一般車は遊覧道路には入れないが、障がい者パスがあれば通行できるところもあることなどが紹介されている。
その上で、公園管理局では8ページのAccessibility Guide=移動の円滑化に関する案内がある。 それを見ると、1ページ目には、障がい者の移動許可パスと入手先、補助犬の入園、2ページ目には、各種施設として、ATM、書店とギフトショップ、宿泊施設とキャンプグラウンド、シャトルバス、TTY電話(文字表示付き電話)、ASL通訳(手話案内)、携帯電話で指定地域では地域の説明を聞くことができること、医療施設、車いすの貸し出し、2人用貸自転車等の案内、3ページ目にはノースリムの案内、4ページ目には、サウスリムの各種観光施設、観光スポット、パークレンジャー(公園管理官)によるガイド&レクチャー、バリアフリーマップがある。さらに5ページには、シャトルバスの路線説明、遊覧道路とトレッキング路、駐車場、バリアフリー施設設備の詳細図、6ページはハーミッツレスト一帯、7ページは、デザートビュー一帯、8ページには健康のための注意事項として夏冬の天候、グランドキャニオンの高度、特筆すべきは、煙や山火事に関することである。一帯に於いて山火事は自然現象の一つであり、森の健康を維持する上で必要であること。春から夏にかけて煙った空が広がることがあり、そのような空を見た時は公園管理局に連絡されたい、とある。
ここで、山火事が森の健全なあり方を維持する上で必要であるという表現は興味深く、日本人的考え方からすれば奇異に思えるかもしれない。イェローストンやヨセミテなどの国立公園では特によく聞かれる言葉として、「Wilderness = あるがままの自然」がある。勿論、放火や事故、不始末など人為的な火事でなく、自然発火による山火事そのものはこれも自然の摂理の一つであるという考え方が基になっている。山火事があることにより、害虫が駆除されるとか、動植物繁殖の適正維持、ある種の樹木や植生では火事で実がはじけることによって発芽するものもある。ただし、民家に被害が及んだり、人命に危険を及ぼすものなどは消火や避難が必要であることは論を待たない。これらの国立公園は世界遺産としても登録されており、あるがままの自然を維持することが大切にされるだけでなく、その開発や建設を極力抑制するなど自然破壊を防ぐことにより、真正性(Authenticity)が厳守されているのであろう。そのような考え方や規則を維持し、法律などでしっかり保証していることで完全性(Integrity)が保たれていることもわかる。
ハード面の整備は時として容易ではないというのが世界遺産ではよく見聞きすることであるが、15年振りに訪れたサウスリムでは多くの遊歩道が幅広くゆったり作り替えられており、スロープもゆるいところが多かった。 以前に比べると車いす使用の人たちもずいぶん楽に動けるようになっているように思える。道路は広げられていたが、一般車の代わりに天然ガスで走る無料のシャトルバスを頻繁に運行することで観光客の便宜を図り、排気ガスの発生を抑えて指定地以外への立ち入りを禁止することで自然環境の悪化を可能な限り防止していること等、Sustainable Tourism(維持すべき観光のあり方)の実例を見たような気がする。 また、Accessibility Guideは多岐にわたる情報がよく整理して紹介されており、単なるバリアフリーに関する案内ではなく、幅広く旅行者の便宜を図ろうとするアイデアが盛り込まれていることがいっそう興味深い。 これを機に、イェローストンとヨセミテ両国立公園において同様のガイドを参照してみて気づくことがある。前者は、 世界で初めての国立公園(1872年指定)であると共に世界初の世界遺産12のうちの一つである。面積は約9,000㎢、観光スポットが点在し、それぞれが独自の自然景観と今も生きている大地の呼吸があり、Accessibility Guideも数か所の地域別に分かれている。実際に訪れる時は観光スポットに合わせた最新のガイドを求めることが望ましい。後者はサンフランシスコやロサンゼルスからも数時間で行ける全米でも人気のある国立公園であり、来園者数も飛び切り多く、ガイドは25ページもある。
ユニバーサルツーリズムの一層の普及を願っている筆者としては様々なことを感じた米国の国立公園であった。
我が国の国立公園は、国有地など公有地も多いが私有地もたくさん含まれていると聞く。公園管理は米国よりはるかに複雑で難しい面があり、Sustainable Tourismという観点からもさらに大きな難問や課題があるような気がする。 (以下、次号とさせていただきます)
(資料 写真は、別記以外は2015年9月撮影)
ハーミッツレストから見たカイバブ台地
ハーミッツレストの先は大自然そのもの
リスにエサをやらないでください。
ハーミッツレストにある共用トイレ(B-POP様 提供)
Accessibility Guide
広くゆったりした遊歩道(メイサーポイント付近)
サウスリムのシャトルバスは天然ガスが燃料(B-POP様提供)
イェローストン国立公園(オールドフェイスフル間欠泉 小野健介撮影)
ヨセミテ国立公園(資料借用)
(2017/1/31)
小 野 鎭