2024.10.28
小野 鎭
一期一会 地球旅 334 ニュージーランドの思い出(3)クライストチャーチから2 クイーンズランドへ
一期一会・地球旅 334
ニュージーランドの思い出(3)クライストチャーチから2
クイーンズランドへ
その次のニュージーランドは、1987年10月末から11月にかけて、全社連海外医療事情視察団(Doctor Tour)であった。シドニーとメルボルンで病院等の視察を終え、つぎはクライストチャーチへ向かった。季節は冬から春へといった感じで緑濃く、美しく花が咲き乱れており、町はエイボン川の畔など心休まる風景であった。大都市メルボルンから来てみると人口30万の町と聞いていたが中心街にはそれほど多くの車も走っておらず、商店街も比較的静かであった。土曜日の午後であったせいかもしれない。
ところで、この町の名前は、何に由来しているのだろうと興味があった。1800年代中頃、英国系、アイルランド系、等が築いた土地であり、町であった。案内書でもある程度読んではいたが、今回もう一度調べてみた。Wikipediaによると、1848年に設立された移民団組織であるカンタベリー協会を率いたアイルランド出身の政治家ジョン・ロバート・ゴドリーの出身校オックスフォード大学クライスト・チャーチ・カレッジに由来するとのこと。カンタベリー協会は、イングランド国教会(アングリカン)によって立ち上げられた経緯があり、総本山のある宗教都市カンタベリーをモデルとして街づくりが行われている。オーストラリアのメルボルン、タスマニアやシドニーで訪れた児童福祉施設などではアングリカン系の組織や施設が多いことを考えるとオーストラリアやニュージーランドでは宗教だけでなく社会福祉事業等でも英国国教会系の色彩が強いことを感じる。 ところで、ニュージーランドのクライストチャーチは、Christchurch と一語で成っているが、オックスフォード大学のクライスト・チャーチと2語から成っており、原名では、Christ Church, University of Oxfordとなっている。
Doctor Tourでは、この町の中心部の主要な通りの一つであるColombo Streetにあるホテルに宿泊したと記録に残っているが、いまは、そのホテルの名前そのものもなく、ホテル以外のビルが建っていることを地図でたどることができる。到着したのは週末であったので翌日は市内と郊外を見学した。市の中心部に英国国教会(アングリカン・チャーチ)の大聖堂(Christ Church Cathedral)があり、ゴシック・リヴァイバルの建物でニュージーランドを象徴する観光名所の一つ。着工から40年余りを要して1904年の完成までに3回も大きな地震に見舞われて尖塔の頂上部分が壊れたとか、建物自体に苦難の歴史がうかがえると言ったら大げさであろうか。2011年の地震でまた尖塔が崩壊し、その後の余震で正面のステンドグラスのバラ窓や西側の壁が
壊れるなどの不幸が続いている。その後、この崩壊した大聖堂跡に紙製の聖堂が建設され、防水及び難燃性加工が施された紙管が使われた建物が日本の建築家坂茂氏の設計で建てられている。横から見るとアルファベットの「A」の字のような形で700人収容でき、耐久性は50年あるとのこと。アングリカン・チャーチでは、新たな聖堂が建設されるまで少なくも10年はこの紙製の聖堂を大聖堂の代わりに使用する計画だとのこと。
市内を巡った後、中心街を見下ろす高台に上がり、サイン・オブ・タカヘ(Sign of Takahe)なる名前のチューダー様式の石造りの建物を訪ねた。その中にあるレストランで昼食。この建物からさらに上がった丘の上からの市街地の眺めはなかなかのものであったと思うが、残念ながらSign of Takaheの建物の写真だけしか残っていない。ところで、今回、このサイン・オブ・タカヘなる建物について改めて調べたところ、このレストランでは日本の芸能人なども結婚式を挙げているとか。偶々、この夏、再放送されていたNHKの連続テレビ小説「オードリー」出演の賀来千香子さんが宅麻伸氏とかつて結婚式を挙げたとも書いてあった。
翌日、クライストチャーチ病院(Christchurch Hospital)を見学した。この町の中核施設であり、ニュージーランド南島最大の三次医療機関であり、教育・研究病院で救急、急性期、選択的(任意で選択して受ける診療)、外来診療のあらゆるサービスを提供している。さらに、この病院はオーストララシア(オーストラリア大陸、ニュージーランド、ニューギニアなどを含む南太平洋の広大な地域)で最も忙しい救急科を擁しており、年間 83,000 人以上の患者を治療している、とある。病院の案内は英語のほか、マオリ語で「Te Whatu Ora=Boost your wellbeing=あなた自身の健康への後押し」とも紹介されているのが興味深かった。因みにChristchurchはマオリ語ではŌtautahiとなっており、市の案内のホームページには、二つの言葉で市の名前が表示されている。
翌日、クライストチャーチ滞在を終えて南のクイーンズタウンへ飛んだ。サザンアルプスの麓には大小の氷河湖があるが、その中でも飛び切り大きく、この国でも3番目に大きなワカティプ湖がある。この湖は、アルファベットの「N」の字を上下に引き伸ばしたような形になっており、長さ80km、その中ほどの北側湖岸にこの町が位置している。英国の女王Queen Victoriaに由来して1863年に命名されている風光明媚で美しい街。南島南西部の観光の中心地でもありこの時も多くの観光客で賑わっていた。フィヨルドランド地形への探勝基地としても知られている。とくに有名なミルフォード・サウンドへは一度は行ってみたいと願ってきたが叶わなかった。知り合いのお客様が実際にお出でになっており、生涯忘れ得ぬ思い出として残っているとお聞きしている。
近年、オーバーツーリズムが日本でも大きな話題となっているが、フィヨルドランドでは、例えばミルフォード・トラック(山岳道)やルートバン・トラックなどを個人で行くためには事前に山小屋での宿泊予約が必要であるとのこと。山小屋での宿泊予約無しでは宿泊できないので必然的に入山規制されており、自然環境の保護保全につながっているのであろう。わが国でも、富士山での環境保全や弾丸登山などを防止するためにも様々な策がとられ、2024年の夏、山梨県側では、一定の成果が見られていると聞いた。静岡県側でも対応策が検討されているそうで、少しでも前進することを願っている。(以下、次号)
《資料》
・Christchurchの名前の由来 : Wikipediaより
・Christ Church Cathedral : Wikipedia & Christ Church Cathedral資料より
・A Cathedral made out of cardboard? : New Zealand Storyなどの資料より
・Christchurch Hospital : Health New Zealand資料より
《写真、上から順に》
・2011震災前のクライストチャーチ大聖堂 : Ōtautahi/Christchurch資料より
・紙管で作られたクライストチャーチ聖堂 : Air New Zealand資料より
・Sign of Takahe : 1987年11月 筆者撮影
・現在のChristchurch Hospital : CHCH Hospital 資料より
・クライストチャーチからクイーンズタウンへ飛んだAir Zealand 国内線、航空機の前で写真を撮っているメンバーの様子から当時が偲ばれる。1987年筆者撮影
・Milford Sound : New Zealand All Over資料より
・Milford Sound : New Zealand All Over資料より