2025.12.15 小野 鎭
一期一会 地球旅 392 大阿蘇から久住への旅(3)
一期一会・地球旅 392 
大阿蘇から久住への旅(3) 

今回の旅行は、計画段階において長妹から通潤橋には行ったことある?と聞いてきたので熊本県は南関から南は、一度だけ八代に立ち寄ったことがあるがそれ以外は未踏であることを伝えてあった。あれこれ注文をつけるよりも任せた方が良いと思ってのことであった。その結果、通潤橋から高千穂峡を巡った後、その日の宿泊予定先であるペンションに行くことになった。自分にとって、それはちょっとした驚きであった。高千穂方面は、神話の郷であるとか、夜神楽の舞、美しい真名井の滝のことなどは聞いていた。しかし、福岡県育ちの自分は宮崎県を訪れたことがなく、高千穂方面へは、延岡から入っていくものと思って、とにかく、「遠いところ」という先入観があった。ところが、地図を見ると峠らしいところを越えることもなく、国道218号線が通じており、五ヶ瀬川沿いに延岡方面へ伸びていることが分かった。通潤橋からは、途中で県境を越えて宮崎県に入り、30分足らずであった。
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かつては延岡から高千穂まで高千穂鉄道高千穂線があり沿線住民の足として貴重な存在であった。しかし、2005年の台風による被害で運航休止となり、3年後に全線が廃止されたとある。今は路線バスとクルマが人々の足となっているのだろう。一帯は、九州山地の北部であり、大分県との境にある祖母山(1756m)とに挟まれた地域でもある。このあたりでは、すでに川は東へ流れて五ヶ瀬川の上流にあたり、谷間を曲がりくねって流れており、その途中が高千穂峡となっている。 
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観光案内を見ると、今から27万年前、14万年前、12万年前、9万年前と4度にわたる阿蘇山の活動によって噴出した火砕流が冷えて固まり、川などの浸食によって柱状節理の素晴らしい峡谷になった。高さは平均80m、高いところでは100mの断崖やV字峡谷が東西にわたり約7kmも続いている。約1kmの遊歩道が整備され、日本の滝百選に選ばれた真名井の滝や雄大な渓谷美が楽しめる、とある。1934年(昭和9年)五箇瀬川峡谷として国の名勝・天然記念物に指定、1965年(昭和40年)祖母傾国定公園の一部に指定されている。 
国道からわき道を九十九折(つづらおり)に下って谷底の川沿いに至ったが、幸いクルマで行けるので助かった。駐車場から神橋(しんばし)で石段のある遊歩道を上り下りして川沿いに進むが折しも外 国人のグループが続いており、容易には進めなかった。手すりに腰かけたり、格好の石を見つけてはその上によりかかってポーズをとったり、お得意の自撮りスタイルもあり、撮影の邪魔をするわけにもいかない。こちらも杖を突きつつ少々休みながら、深山幽谷を思わせる風景を楽しませてもらった。しばらく進んでいったが坂道と階段は容易ではなく、真名井の滝よりもずっと手前で悔しいかな、音を上げてしまった。滝を上から眺めてもあまり感動は覚えないかもしれないが、なんとしても行きたいという願いは途中でダウン。滝の辺りでは、遊覧ボートにも乗れるそうであるがこれも事前予約が必要であり、今は外国からでも早いうちにネットで申し込んでいる人も多いらしい。この日も満杯状態らしく、当日思いつきで乗ろうと思ってもおよそ叶わぬことであろ う。便利な世の中になったものと思いながらも、その気のある人はやはり、時代に即応して生きることが必要なのだと教えられたような気がする。結局、自分は滝の手前で音を上げてしまったので、たとえ滝の上からであっても見物することはできなかった。そこで滝の下あたりを遠目に写真を撮ることでお茶を濁した。この日は、4~50分上り下りして歩いたが、杖を使っている人は見かけなかった。ところで、案内地図を見ると「バリアフリー展望台」という説明があるがそこからは車いすの人なども峡谷の美しさを堪能できるのであろうか。今回は自ら確認することはできなかったので必要に応じて調べておかなければ、と思う。
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この日は、高千穂峡で折り返して再び国道を戻って熊本県山都町の東の縁で途中から265号線に入り、井無田高原を北上。いよいよ阿蘇山の外輪山を上って行った。やがてトンネルを抜け、高森峠(九十九曲)を越えると眼下に阿蘇盆地(阿蘇カルデラ)の中に集落と田畑が広がっていた。さらにその向こう側には峩々たる山容が大きくそびえていた。阿蘇五岳のうち、一番東側の根子岳であった。左へ目を転じると最高峰の高岳であり、その西側に大きな火口のある中岳へと続いている。高岳の高さは、1592mと知っていたが、熊本の旧国名が肥後国であることから「1592=ひごのくに」と読ませる銘菓もあるとか。 
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高森町に入っていくと。ここには高森湧水トンネル公園という名所があると聞いていたが、トンネルの長さが2千m余りあると知り、遠慮していた。ところが旅行を終えて調べてみると、この湧水トンネル公園は旧国鉄高森線と高千穂線を結ぶ工事の最中、大変な出水に災いされて工事が中断され、その後、高森町の水源となっているとのこと。すなわち、阿蘇の外輪山には膨大な地下水が含まれており、それがトンネル工事で出水に見舞われた。その後も度重なる出水事故が発生し、鉄道工事そのものが中断され、二つの鉄道を結ぶことが断念されたのであった。JR豊肥本線の立野駅と結ばれている南阿蘇鉄道の終点となっている高森駅から10分ほどのところにその公園があるとのこと。トンネル内部には歩道が整備されていて、いろいろなアトラクションがあるとのこと。そういえば、日本中の鉄道に乗り、酒と料理に舌鼓を打っている六角精児氏が少し前にこの地を訪ねている番組を見た。それを見ているうちに、いずれ機会を作って、この名所を訪れてみたいと新たな旅心をくすぐられている。 

やがて盆地内に下りて中岳などの麓を東西に走っている幹線道路を西へ向かった。途中、阿蘇山の案内でよく聞く地名や名所として白川水源、白水温泉、栃木温泉などが続いていた。しばらく行くと、次第に北へ走り、深い谷にかかる新しい橋、新阿蘇大橋を渡った。阿蘇カルデラ内には北側に黒川、南に白川があり、盆地内の西方、外輪山の西の縁(へり)にあたるところで黒川は白川に合流している。
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国道325号線は、福岡県(久留米市)から宮崎方面(高千穂)を結ぶ主要道路であり、阿蘇カルデラ内では、住民にとっても、観光客にとっても重要な道路である。かつてここには阿蘇大橋がかかっていたが2016年の熊本地震で崩落。熊本市内と南阿蘇村を結ぶ主要なアクセスルートであった。元の橋のあったところから600m下流に長さ525m、橋脚最大の高さ97m、最大支間長165mという新しい橋が建設されて2021年3月に開通式が行われたとのこと。この橋の建設は、大成建設、ほか共同企業体によって行われたそうで、同社のこの橋の建設にあたって「熊本復興のシンボル、新阿蘇大橋」の工事記録ビデオが紹介されており、感動を覚える。橋の近くに、この橋の建設についての記念碑(数鹿流崩之碑=すがるくずれのひ)があり、その対岸には、崩落した在りし日の阿蘇大橋 の橋げたと路面が震災遺構として崖にぶら下がっているような痛々しい風景が見られる。
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阿蘇カルデラ内の各地にはペンションなど大小の宿泊施設が点在しているので自分たちの行動目的と方面に合わせて選択することになると思う。今回は、栃木温泉から少し上がったところにあるペンションに宿泊した。次妹家族は子どもたちがまだ小さいころから夏になるとたびたび訪れていたそうで、ドイツ風の趣のあるこじんまりしたところであった。1階部分がサロン風のロビーと食堂、窓際にはたくさんのドイツ人形やぬいぐるみなどが置かれ、旅人を癒しているようであった。この日、走ってきた国道沿いのレストランやお店では肥後の赤牛と書いた看板やのぼり旗などを見かけたし、農場でも薄茶色の牛が草を食んでいた。赤牛の料理はどうやら、このあたりでは名物らしく、この夜も、腕によりをかけた肥後牛のビーフシチューがメインであった。この日は各地で歩き回って大いに疲れていたが、この宿のうまい夕食ですっかり疲労が取れたようであった。ペンションの案内に、「夜は部屋の天窓から星空を眺めながら」とあるが、この日、このあたりは、夕方から深い霧に覆われていたので残念ながら空を仰ぐことはできなかった。もう一つ、客室が2階にあるため、杖を持つ自分にとっては、少々不便なことが残念であった。(以下、次号) 

《資料》 
・高千穂線:Wikipedia高千穂鉄道高千穂線 
・高千穂峡:高千穂町観光協会 
・阿蘇山(阿蘇五岳と外輪山):阿蘇市経済部観光課&Wikipedia 
・高森湧水トンネル公園:熊本県公式観光サイト&南阿蘇鉄道株式会社 
・新阿蘇大橋&阿蘇大橋:大成建設(熊本復興のシンボル)&Wikipedia 

《写真、上から順に》 
・高千穂鉄道:高千穂あまてらす鉄道:宮崎県公式観光サイトより 
・高千穂峡(高千穂峡遊歩道より):2025年10月 筆者撮影 
・高千穂峡(柱状節理と遊覧ボート):2025年10月 筆者撮影 
・高千穂峡の三段橋(手前の神橋は木立に隠れている):2025年10月 筆者撮影 
・根子岳:高森町観光推進機構より 
・高森湧水トンネル公園:熊本県公式観光サイトより 
・新阿蘇大橋&背後の山は大きく削られている:熊本県公式観光サイトより 
・阿蘇大橋の残った橋げた等(震災遺構):数鹿流崩之碑展望所より 2025年10月 筆者撮影