2015.04.22 小野 鎭
小野先生の一期一会地球旅52「児童福祉海外研修団に添乗して その4」

一期一会 地球旅 52

児童福祉海外研修団に添乗して  その4  思い出いろいろ②

昭和61年度(1986年)は、米国のニューヨーク市と北郊のウェストチェスター郡ホワイトプレインズで5日間、さらにロサンゼルスで3日間の研修であった。この時の団長畑邦成氏は、研修を終えた感想をたくさん述べておられるがその中でも興味深いことがいくつかある。
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一つは、米国では、児童養護は里親によって支えられているところが多く、養護施設は減少している。里親のほかに、施設、グループホーム、緊急保護施設や一時保護など児童のニーズに応ずるためにサービス機能がいろいろ発達していること。もう一つは、施設がしっかりした効果を挙げなければ、施設としては翌年の指定は約束されないこと、つまり、サービスを買い上げてもらえないことにもつながる。そのためには、福祉従事者が専門的に高度な研究と積極的に努力をすることが常に求められていると感じた、とある。このことは、それ以前の米国研修でもよく聞いていたことであった。 一方で、里親という考え方は、文化や価値観の違いから来ているのであろうか、わが国では容易には根付いてこなかったようである。この傾向は、当時から30年近く過ぎた今もあまり変わっていないらしく、先日の日刊紙にも興味ある記事が載っていた。「虐待・貧困救う里親求む。子供保護、『施設頼み』脱却へ」という見出しがある。親の虐待や病気、経済的理由などで保護された子供を家庭で受け入れて育てる「養育里親」の数が伸び悩んでいる。厚労省では、「施設偏重」からの脱却を目指しており、里親への委託率は徐々に上がってはいるものの他の先進国の水準とはなお大きな隔たりがある。専門家は「里親制度の周知や里親を支援する体制の充実が必要」と指摘している。 里親委託率はオーストラリアでは9割以上、米国は8割近く、英国が7割、韓国も4割超とか。わが国では、03年頃は8.1%くらいであったがそれから徐々に力が入れられてきて、13年度末では15%に達しているそうである。平成29年度までには、3割まで上げたいとの目標が掲げられているとのことである。(2015年4月6日付け 日経新聞) ニューヨーク地区での研修では、70年代に社会福祉調査会の研修団や発達障害関係の視察団などで幾度もお世話になっていたウェストチェスター郡立精神遅滞研究所の視聴覚障害臨床プログラム主任のカニングハム久子氏であった。先生は、今も教育関係のカウンセラーとして活躍されている。 資生堂財団様には、翌年以降もご愛顧いただいてきたが、研修団の添乗業務は若手の社員が担当していた。時代は、昭和から平成と変わり、研修訪問国もそれまでの米国、カナダ、豪州、英国、北欧諸国などから欧州各国へと広がっていた。そして、1992年に久しぶりに添乗させていただいた。行く先は、ベルギー、スイス、オーストリアであった。この時は、財団設立20周年記念ということで団員は、養護施設、教護院、母子寮、情緒障害児短期治療施設および乳児院と多種の施設で指導的立場にあるベテラン職員に団長、事務局などを含めて総勢26名であった。テーマは、「児童の権利と家庭機能支援活動を探る」であった。 家庭機能の脆弱化に伴い、家族崩壊、虐待、放任など、子どもの危機が憂慮されている時代にあって、児童福祉関係施設ではどのように臨むべきかという視点から団員は熱心に研修されていたことが思い出される。 この旅行では、添乗業務、あるいは旅行業としても訪問各地で興味深い思い出が甦ってくる。最初は、出発日のことであった。ウィーン経由ブリュッセルへ向かって成田を出発する予定であったが、航空機のトラブルで出発が4時間位遅れた。そのため、ウィーンでは予定の乗継便に乗れないどころか、当日のブリュッセル行の最終便にも間に合わなかった。苦肉の策で得た便はアムステルダム行、現地手配会社に送迎バスの経路変更などを申し入れ、ブリュッセルの宿にやっと到着したのは真夜中を過ぎていた。長旅の後でほんの短い睡眠時間しか得られなかったが翌朝は予定通り研修先を訪ねることができた。ベルギーは、フランドル(フランダース)と呼ばれる主としてフラマン語(オランダ語)地域、南側はワロンというフランス語が多い地域、さらにドイツ語もつかわれているという言語上では多言語国家である。行政機能もフランドル地方とワロン地方では違いがあることが多い。研修団が訪れたのは、ブリュッセル市内とフランドル地方、アントワープも訪れた。
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団員諸氏は予めベルギーの国情などについても事前学習はしておられたが、実際に訪れてみると言語だけでなくものの考え方など、いわゆる比較文化という範疇に入るのであろうか、理解することにかなりの時間を要しておられたことが思い出される。報告書を見ても、訪問先や入手した資料などには、オランダ語であるとか、英文資料であるなどとことわりが付されている。
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ベルギーの後、スイスを訪れた。この国も多言語国家であるが、この時は、チューリヒを主とするドイツ語地域であり、あまり混乱することはなかった。ここでは、週末を挟んで5日間の滞在であったが、研修の合間にエンゲルベルクとティトリス山へ案内した。報告書を拝見すると、この時の楽しい思い出を団長大久保佳彦氏が次のように残しておられる。その一部を拾うと、「ティトリス、中央スイス最高の展望の峰、緑の谷底から高地アルプス、氷河の世界へタイムスリップ。変化に富んだ45分のロープウェイ。壮大な山並み、真っ白な雪と氷に身を飾った白銀の世界。地に咲く色とりどりの樹木草花、なんと美しいことか。日頃の仕事から離れ、研修もすべて忘れて心の洗われる夢のひと時。カラカラとカウベルの響きが谷間に流れる・・・
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そして、エンゲルベルク。 それはてティトリスの裾野に広がる静かで、小さな山村。町の中心部と思しきところに水飲み場があって、老夫婦がその横のベンチに座っていた。数人の子どもたちが、ふざけて水遊びをして水が飛び散った。すると厳しい表情で注意する。子どもたちもペコリと頭を下げ、あやまって去っていく。そんな微笑ましい情景を目の当たりにして、もはや日本では失われつつある、子どもへの大人の在り方を教えられたような気がした」 恥ずかしいことだが自身でもスイスではいくつかの失敗がある。 その一つは、この旅行よりはるか昔、チューリヒの市電に乗ったときの話。市内を網の目のように走っている市電はバスと並んで市民や旅行者にとっては大変便利で快適な乗り物。午後のひと時、座席に座って車窓風景を眺めていた。すると、通路を挟んだ向かい側のお年寄りの男性が先ほどから小さく靴の音を響かせていた。最初のうちはあまり気にも留めなかったが、二度三度と繰り返すので、正直なところ耳障り。
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変だなと思って件の男性に目をやると私の足元をたしなめるようなまなざしであった。車内は空いていたので、自分は楽に座ろうと何気なく足を組んでいた。慌てて足を戻して「行儀よく」座り直した。すると、男性はニヤッと笑って足踏みは終わった。その後、チューリヒに限らず、海外、国内を問わず座席に座っても足を組むことは滅多にない。
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もう一つは、牧草地でのこと。数年前、あるグループをベルナーオーバーラントはラウターブルンネンの谷間にあるトゥローメルバッハ滝の見物にご案内した。ユングフラウ山塊の氷河が溶けて斜面を下る。岸壁の中にあるいわば穴の中に落ちるような高さは数百米もある滝で、その水量と轟音は圧巻である。滝を見物するには飛沫で濡れた階段をいくつも上がって行かなければならない。残念ながら、車いすのお客様は安全上の理由から滝のそばまで行くことができなかった。
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一行が戻って来られるのを待ちながら、滝壺から流れてくる川沿いの草地に入って美しく咲いた花を眺めつつ休憩していた。すると、遊歩道を歩いていたスイス人と思しき年配の女性から、「草地に入ってはダメ!」と注意され、慌てて外へ出た。そこは、牧草地であり、家畜の飼料などとして大切な財産。 たとえ旅行者であっても、ダメなものはダメ! ここにもスイス人が自分たちの生活と自然を守る厳しい姿勢を見た思いであった。 観光地としても知られているルツェルンから1時間ほど入ったエンゲルベルクの村とその奥にそびえるティトリス(Titlis 3238m)は中央部スイスアルプスの代表的な山であり、頂上近く3020mに展望台があり、ここからの眺めは雄大である。万年雪と峩々たる山稜がどこまでも広がっている。そして、ふもとの美しい牧場風景や湖水、晴れた日は遥かにドイツの黒い森と呼ばれる一帯まで望むことができる。初めてこの地を訪れたのは多分74年頃であったと思うが、それからかなりの回数訪れている。いつのころか、この展望台のトイレには車いすマークが付されていることに気付いていた。
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アルプスの山上まで車いすの方も到達できるのだ、とその設備と配慮に驚き、感心していた。私は80年代後半から障がいのあるお客様の旅行に力を入れ始めていた。そこで、いつの日かこの万年雪の山上で車いすのお客様にもこの絶景をご覧いただける旅行をぜひ作りたいと思いながら、この地を訪れるようになっていた。その夢は翌93年5月に実現したがこのことは改めて紹介させていただきたい。 (資料 上から順に) グループホーム訪問(ロサンゼルス 1986年) キンダ―ランド訪問(ベルギー・ベルラール 1992年) ティトリス山にて(1992年) エンゲルベルクの村 チューリヒの市電(資料借用) トゥローメルバッハの滝(このような勢いで落ちている滝が10数段重なっている) http://www.swissvistas.com/trummelbach-falls.html#.VTH9BCG8PRY ラウターブルンネンの谷間の牧草地にて、撮影は筆者(も勿論注意された!) ティトリス山のロープウェイ山頂駅付近(3020m)

                               (2015/4/20)

小 野  鎭