2016.01.26 小野 鎭
一期一会地球旅92 「旅行業専門学校にて その4」

一期一会 地球旅 92

旅行業専門学校にて その4   バリアフリー旅行術 (1)

 学生たちは、前期で「観光バリアフリー基礎」を学んで少しずつ障がい者や高齢者についての理解を深めていったが、旅行業や観光関連産業などに就職することを目指している彼らは旅行業務取扱主任者や旅程管理主任者を始めとする国家資格などを得るための勉強に多忙を極めていた。7月下旬に夏休みが始まったが、秋の国家試験に備える日々が続いていたと思う。その一方では、学校で設定している高校生などの学校見学日に学生たちも参加することになっており、交替で登校していた。彼らは、来校者にUT(ユニバーサルツーリズム)学科について説明したり、模擬授業の手伝いをしたり、校内の案内などを受け持ったりした。将来、添乗業務やカウンターなどでお客様に説明するための話し方や接客マナーなどの要領をつかむための訓練も兼ねていた。彼らは、回を重ねるごとに上達し、車いす体験なども手伝うという頼もしさであった。 夏休みが終わるといよいよ「バリアフリー旅行術」の授業が
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始まる。これは屋外や街中での実習が多いので、"2コマ続き”(90分x2=180分)の時間が設定されていた。授業そのものは、前年から作成してきた同名のテキストが完成し、これに沿って座学を進める一方、実習プログラムがたくさんあった。テキストは、バリアフリー旅行の意義、旅行情報、旅行プランと実際、さらにステップアップの技法などを含めて構成されていた。「基礎」で様々な障害の種類や加齢現象等について動画を見たり、疑似体験あるいは様々な障がいのある方自身から日々の生活や補助具、交通手段や宿泊などについての不便さとバリア克服のテクニックや経験談などを聞いたりして、少しずつ理解していった。そして、「どのような情報やサービスが求められるのか」などについて学ぶことの必要性を意識するようになってきていた。「旅はリハビリ」ということばがあるが、それはどういうことなのか、どのようなことなのかについて様々な事例を見聞きし、「体験を通して学んでほしい」と願っていた。 当時、旅行業法が改正され(平成17年4月施行)、従来までの"主催旅行"や包括契約による"企画手配旅行"という区分は、"募集型"あるいは"受注型"企画旅行という区分に分けられた。旅行業約款では、「お客様が旅行に参加されるにあたって、特別な配慮や手配が必要な場合は、予めそれをお申し出いただき、旅行会社ではそれに応えるように努力して、それが可能な時はその費用はお客様の負担になる」との条文が定められた。それから11年後の今年、平成28年4月には「障害者差別解消法」が施行される。「障害を理由とする差別」とは、「不当な差別的取り扱いをする」ということであり、「障害を理由として、正当な理由なく、サービスの提供を拒否したり、制限したり、条件付けすることなどにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。あるいは、障害者から、何らかの配慮を求められた場合は、負担になり過ぎない範囲で社会的障壁を取り除くために合理的な配慮を行うことが求められるが、それらを行わずに障害者の権利利益を侵害してはならない」、と定められている。 障がいのあるお客様の旅行参加にあたって、旅行会社が講じなければならない”合理的配慮”はより大きく、重い責任を伴ってくると思われる。バリアフリー旅行術は、10年前に作ったテキストであったが、その中に述べてきたことで、今日のあるべき姿をある程度予見していたといってもいいと自負している。 1年次の「バリアフリー旅行術」での実習としては、
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①車いすで公共交通機関を利用してのお出かけプログラムを設定して実行すること。 その中で町のなかのバリアフリーとはどのようなところに講じられているのか、どのようなバリアがあるのか、それを克服するにはどうすればいいのかを覚えること。 ②在来の鉄道を利用する場合と、最近になって建設された鉄道の使いやすさなどの比較も試みた。 ③一日のお出かけ(小旅行)プログラムを計画し、実際に出かけること。 ④知的障害や肢体不自由など高齢者以外の人たちの介助経験をすることと、旅行計画立案とそのプランの実行。 ⑤資格プログラムのもう一つは、ホームヘルパー2級講座を履修して資格を得ること。 ⑥国内研修旅行(これは1年次の学生にとっては最大のプログラムの一つである。旅行を計画して費用を見積り、企画書を作って
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学校の承認を得なければならない。学校行事であり、学生の費用負担が伴うのでそれは当然であろう。学生は4人、これに筆者が同行し、車いす使用の特別講師に同行してもらい、旅行中の移動や宿泊(ホテル等)することで入浴や食事、衣服の着脱などの日常生活動作(ADL)について必要な介助をすることで実地に学ぶ実践プログラム)、などを行った。 特別講師としては、2年間を通して幅広く協力していただいた方が数名ある。そのうちの一人が上山のり子氏である。手動式の車いすを自在に操り、日々の生活、そして外出と運転、旅行など多くのことについて分かり易く紹介し、多くの実習に同行して障がい者への接し方などについて学生たちに親しく指導していただいた。 実際のプログラムはいろいろあるが、そのうち1年次に行ったいくつかを紹介したい。 ①    町の中のバリアフリー発見 : 学生が交互に車いすに乗り、互いに介助して巣鴨から都営バスで池袋ヘ行き、帰路はJR山手線で戻ってくるプログラム。低床バスの便利さを知ると共に、運転手がスロープを準備して車いすの乗客が乗り終わって車内で落ち着くまでの数分間、一般乗客の様々な視線が印象的であったと学生は述べている。ある人は興味深く見ている、ある人は同情しているような顔、ある人は知らん顔、またある人は、早く済ませてくれればいいのに・・・といった様子などが学生の感想であった。「心のバリアフリー」といわれることを少しずつ学んでいったと思う。この頃、巣鴨や池袋の駅では共にエレベーターやエスカレーター、スロープ、駅舎その物など多くの改築が行われていた。JRに限らず多くの駅や駅前広場、道路などでバリアフリー化が進められる風景が見られた。バリアフリー新法が施行されたのは2006年であった。 ②    日帰りお出かけプログラムは横浜に行くことになった。 これは上山のり子氏に特別講師として同行してもらった。 JR新宿駅西口に集合、山手線で渋谷へ、そして東横線/みなとみらい線で中華街へ、散策と昼食、山下公園からシーバス(船)で横浜駅東口へ、横浜からJRで品川乗り換え新宿へ戻る一日コースであった。学生たちは、障害者割引での乗車券購入、車いす使用の乗客について駅への乗降支援のお願い、いまでも新宿駅はいたるところで工事が行われているが、この時は実際に電車に乗るまで30分以上を要した。また、渋谷駅では山手線から東横線に乗り換えることが複雑であった。横浜では、後発のみなとみらい線など
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新しい鉄道と駅でのユニバーサルデザインの観点からも使い心地がとても良いことなどを実際に学ぶことができたと思う。「出たとこ勝負」でのお出かけではなく、実際に車いす使用の方の介助をしながら、ということであれば「どのような気配りや動作が必要であるのか」を実際に体験する上では大きな学びがあったであろう。ぶっつけ本番ではなく、予め中華街を歩き、レストランを回るなど下見をして当日に臨んだ学生の姿勢にはさらなる熱意が感じられたし、一方では、坂道や段差で若い学生たちが「力仕事では負けない」とばかり頑張っていたことなど、今も強く印象に残っている。 このほかにも熱い思いをいっぱいに感じた日帰りプログラムや研修旅行があり、次号以降でいくつかを紹介させていただきたい。   (資料 上から順に  いずれも2005~2006年頃のもの) バリアフリー旅行術(テキスト) ホームヘルパー(2級)養成講座 実習風景(駿台にて) 公共交通機関のバリアフリー学ぶ(つくばエキスプレスの駅にて) 横浜日帰り実習 中華街散歩風景

(2016年1月26日)

小 野  鎭