2023.09.04
小野 鎭
一期一会 地球旅 277 カナダの大自然と遊ぼう21
一期一会・地球旅 277
カナダの大自然と遊ぼう㉑ Can-Rock⑪
【アニマル・オーバーパス】
バンフからジャスパーまでの300km近い山岳ハイウェイであっても驚きはトンネルらしきものがないことであった。両側には万年雪や氷河をいただく3000m級の山並みが続いているがその山々の間に延びるボウ渓谷などの谷間はかなり幅が広い。傾斜もそれほど急勾配ではないのでトンネルはほとんど必要なかったというべきか、それともトンネルなどを作らなくてもいいように建設したというべきか、それは自分にはわからないが、日本の山岳道路とはおよそスケールの違う雄大さである。
ところが2009年に気づいたことが二つある。一つは、道路の拡幅工事が行われていたことである。国道などの建設はカナダ公共事業省が行うと以前に聞いているがバンフ国立公園内を抜けるトランス・カナダ・ハイウェイでの工事もそれであろう。それまでの対面2車線から二倍の4車線、つまり片側2車線となればこれは道路用地の幅員はかなりのものである。もう一つは、これまでトンネルらしきものはないと思っていたのに陸橋が造られていたことであった。ドライバーの後ろに座って前方に見える景色などをあらかじめ聞いておいて、お客様にご案内するというのがバスツアーでの自分の役割でもあった。しかしながら、この時、前方にトンネルらしきものが見えて、瞬間的にあれは?とドライバーに聞いたところ、アニマル・オーバーパスだと教えてくれた。あの上を動物が通り抜けて行くのだと確認したのは短いトンネルをあっという間に通り抜けた後であった。
道路わきの森林などに生息する野生動物が道路に出てくると、昔は、車を止めて写真を撮るなど、「和気あいあい」とした様子も見られたらしい。事実、1976年に初めてこの地を訪れた時は、そんな経験をしたこともある。しかし、時代とともに、観光客も、交通量も増大し、しかも速度は昔よりずっと速くなっている。野生動物たちが道路の反対側まで横切るというのは決死的な行動であろう。動物との衝突事故も増え、動物も人間も負傷するとか、死亡することもある。そのようなことを防止するためにこの陸橋が出来たのだ、と聞いたのはかなり走ってからであった。その後、世界遺産についても調べて行くうちに、このアニマル・オーバーパスにも興味を覚え、探ってみた。2019年のときは、このことについても事前に皆様にご案内することが出来た。そこで、今回、改めて、このことについて探ってみた。
アルバータ州エンジニアリング&地球科学者協会(APEGA)の会報にバンフのハイウェイの安全なカギとなる野生動物の横断歩道(Wildlife crossing key to highway safety in Banff)という記事がある。以下、要約です。
バンフ国立公園の中を通っているトランス・カナダ・ハイウェイは82kmある。1950年、この道路建設当時は、今日のような大動脈になることは想定されていなかった。しかし、観光客が増えるにつれて交通量が増大し、ハイウェイでの野生動物との衝突も増え、大事故となる一方、動物の死亡率も高くなっていった。そこで、パークス・カナダは道路建設を行うカナダ公共事業省と協議して、車両と動物との衝突事故を減ずることを目的として道路上に動物の横断歩道=アニマル・オーバーパスを建設することになった。一方では、動物が道路に入らないように道路の両側にフェンスが造られていった。
陸橋はコンクリートでアーチ状になっており、通り過ぎる車のドライバーから陸橋は高速道路の橋のようにみえる。橋上には木々が植えられており、森は道路の両側からそのままつながっており、森が道路によって遮られることがないように配慮されている。1996年に陸橋は2か所造られたが建設後それらの地域では、車両と動物の衝突事故が陸橋建設以前よりも80%以上減少し、ヘラジカとシカは96%以上、減少した。
この構造物建設開始以降、現在まで長期調査とモニタリングが行われており、それによるとシカ、オオヤマネコ、コヨーテ、オオカミ、グーズリー、クマなど12種以上の野生動物がこの横断歩道を利用していることがわかっている。ヘラジカはこの横断歩道を利用した最初の大型種であり、建設中から調査対象として注目されてきた。モニタリングでは、種ごとに好みが異なることもわかってきている。ハイイログマ、シカ、ヘラジカは屋外である陸橋を好むが、クーガーやツキノワグマは地下道(Underpass)の方を好むらしい。
これらの構造物が設置されたことは、野生動物の個体群の遺伝的多様性を維持する上で役立ち、ハイウェイの建設によって分断されていた両側の生息地が再接続され、同じ種の異なるグループが相互に行き交っていることがわかっている。こうすることによって車両と野生動物の衝突が減少し、動物たちにとって貴重な移動ルートが回復されている。
バンフ野生動物横断プロジェクトはその細やかな挑戦から始まったが、今ではバンフ国立公園入口からBC州境まで6本の陸橋と38本の地下道が建設されるまでになっている。(距離は約138㎞:筆者注)
大規模なハイウェイによる野生動物被害軽減プロジェクトの大成功により、バンフ国立公園は道路生態学の国際的なリーダーとなっていった。世界中から科学者がこの公園を訪れて、大きな刺激と学びを得て、アジアのトラ、コスタリカのホエザル、アルゼンチンのジャガーなど、各国の野生動物個体群保護への動きを見せている。バンフの野生動物横断プロジェクトは、野生動物が高速道路を横断できるようにするための橋やトンネルを建設することについてのヒントが含まれており、世界中の科学者がこの先進事例を自国での高速道路建設プロジェクトに組み込むようにと働きかけている。
さらに、カルガリー・ヘラルド紙にこのアニマル・オーバーパスについての記事がある。要約してみると、1996年以降、陸橋や地下道、ハイウェイの両側の柵が設置されたことにより、15万2千頭以上の動物が安全に道路を横断するのに役立ってきた。同時に、動物と車両の衝突事故件数もこれらの構造物建設以前より80%減少した。特に、地下道は自然景観を維持しながら多くの動物の通行を維持してきた。一方では、構造物建設のためには巨額の建設費が必要であること、併せて、建設後は定期的なメインテナンスが必要であること。それはハイウェイのリハビリであると強調している。
今日、バンフ国立公園の中を抜けるトランス・カナダ・ハイウェイには野生動物保護と動物との衝突防止を目的として陸橋と地下道、さらにヨーホーとクートニー両国立公園のなかにも10ヵ所の地下道が造られている。
レイク・ルイーズのトイレには、壁や窓には大きく山なみと動物たちのイラストが描かれており、ここでの主役は山なみと森林そして野生動物たちであることが表現されている。世界遺産カナディアン・ロッキー山脈国立公園群の中を抜けるハイウェイを通る自動車交通に対して、環境保全と野生動物の保護という観点からこのアニマル・オーバーパスに代表される自然保護と保全には大変興味がある。近年、我が国の国立公園内や市街地であっても繁殖している野生動物との棲み分けを考えるうえでも何か感ずるものがあるような気がする。
【資料と写真 上から順に】
〈資料〉
・アルバータ州エンジニアリング&地球科学者協会(APEGA)会報より引用(要約)
・カルガリー・ヘラルド紙 2016年5月2日号 より引用(要約)
〈写真&イラスト〉
・ハイウェイの道路工事 : レイク・ルイーズ・インター手前付近 : 2009年8月29日 筆者撮影
・アニマル・オーバーパス:旅行実施団体制作の動画より
・アニマル・アンダーパスの例 : APEGA 会報より(Photo-courtesy-of-AT-Ford-WTI-UBC)
・アニマル・オーバーパスを俯瞰すると: APEGA会報より(Courtesy of Parks Canada AB-BAN-2014-05)
・カナディアン・ロッキーの主役は山なみと森林と野生動物たち(レイク・ルイーズ駐車場のトイレの窓に描かれたイラスト):2009年8月29日筆者撮影