2023.09.11 小野 鎭
一期一会 地球旅 278 カナダの大自然と遊ぼう22
 一期一会・地球旅 278 
カナダの大自然と遊ぼう㉒ Can-Rock⑫ 
《オーバーツーリズムと環境保護・保全》 
 
 世界各地の観光地は、観光客誘致に努める一方で、増えすぎる観光客の来訪、過剰観光、いわゆるオーバーツーリズムというジレンマに陥っているところも多いと報じられている。顕著な例としては、イタリアのヴェネツィアやスペインのバルセロナ、ペルーのマチュピチュなどがあり、わが国でも京都は市内の各所で公共交通機関は旅行者が多くて市民の利用そのものにも大きな影響が出ていることを聞いている。富士山でも吉田口登山コースはこの夏、登山の在り方について緊急対策が講じられたことが報じられているが効果のほどはどうなのだろうか? 
 

 カナディアン・ロッキー国立公園群各地でオーバーツーリズムが問題となっているそうである。Tourism and animal decline :The Future of Canada‘s National Parks : Catherine Sue,GRC(Global Reserch and Consulting Group Insights)の研究員であるキャサリン・スー氏の論文(05/5/2023)に興味深い指摘がある。 要約すると、以下のような主張が見られる。 
 
 バンフとジャスパーなどへ多くの観光客が来訪し、この地に大きな収入をもたらしている。観光客に関わる自分たち(観光ホスト)が学んだことは、経済にとってはいいことでも環境としては良くないということである。各地で観光客の不適切な行動、開発圧力、汚染の増加、過密などにより地元の環境に悪影響を及ぼしている。 
 

 問題の一例として、野生動物とのふれあいがある。パークス・カナダ(カナダ公園局)では、野生動物がいるところでは、車から降りて動物に触れたり、エサをやったりしないようにと定めているにもかかわらず、車から降りてクマやヘラジカの周りに群がる光景などが見られる。これは、①動物が人間に慣れてしまうこと、②脅威を感じた動物が攻撃的になってくること。結果として動物と人間間の争いにつながり、動物が殺されるという可能性もあり得ること。人間と野生動物の争いは、2013年の924件から、2019年には3291件となっている。 
 

 もう一つの例、ジャスパーでは、過去30年間に、森林カリブーが絶滅の危機に瀕していること。オフ・トレイルのクロスカントリー愛好家が残していったスキー跡が圧雪されて固くなり、その上を走る森林カリブーが増え、コヨーテはこれを襲いやすくなり、結果的にカリブーの生息数が激減していったこと。パークス・カナダでは一帯のバックカントリー・スキーを禁止したがそれを守らない例が多くその地域に生息するカリブーが減っていったという。同様の例は、バイソン、灰色ぐま、グリズリーなどでも見られること。 
 

 森林火災の多発も問題となっている。森林の生態系にとって自然発生する森林火災は健全で好ましい結果をもたらしている。(*) しかしながら、不自然かつ強力に多発する火災は動植物の生息地を破壊し、温室効果ガスのレベルをはるかに高めてしまう。2015年にジャスパーで落雷から発生した火災は強力に消火され鎮圧されたが、結果としてその後、逆に森林が異常密集し、乾燥した状態になっていったという。このため、草食動物の個体数が減少し続け、樹木や低木の繁茂が同様の結果をもたらし、森林が制御できない状態になってしまうと予想されている。(*筆者注 : アメリカのイェローストンやヨセミテでは、Wilderness=あるがままの自然として理解されている。世界遺産大事典より) 

 これらの問題点を考えて行くと、バンフやジャスパーなどカナディアン・ロッキーの国立公園群を美しく、環境を保護し・保全していくためには観光客に対してより厳しい環境保護の決まりに添った姿勢で臨まなければならない。 
 

 さらに、氏の指摘は続いている。 
増大する自動車による窒素酸化物など大気汚染物質の排出が地球温暖化をもたらす一因となっており、国立公園群の生態系に悪影響をもたらす可能性があること。樹木や落葉の富栄養化が土壌に沈着することにより特定の植物に対しては肥料のように作用し、人為的な不均衡レベルの発生につながり、植生に大きな変化をもたらすこと。 
 

 車のクラクション、ヘリコプターの騒音、増大する観光客が挙げる騒音などが相まって野生動物を怖がらせ、その結果、野生動物の生態系にも様々な変化をもたらすことに繋がっていく可能性がある。 
 

 これらの問題点に対して、どのように対策すべきか! 
 

 観光が州と地元経済へ大きく貢献していることは事実であり、経済と環境のバランスをとることが重要であること。残念なことに、パークス・カナダはジャスパーのトレイルの新規開発やレイク・ルィーズのスキーリゾートの拡張など、環境保全よりは観光促進により重点を置いており、過去10年間、非難を受けてきた。また、国家予算のなかでのパークス・カナダの環境保全にかかる予算そのものの額が少なく、それ自体が問題である。2015会計年度のパークス・カナダの国立公園関係支出の内、環境保全に充てられたのはわずか13%であった、と指摘している。(筆者注 : 少々古いデータであり、現在はどうなっているかは不明) 
 
 対策の一例として、モレイン湖へのクルマの進入禁止策が採られた。
 レイク・ルィーズから10数キロ南下したところにあるモレイン湖は10ピークスと呼ばれる峻険な山々に囲まれる氷河湖であり、青い空と白雪をいただく山なみ、緑の湖のコントラストは、カナダの旧20ドル札の図案に採用されていた。パークス・カナダは過密観光を抑制するための一策として、この湖への自動車の乗り入れを禁止する策を発表した(2023年1月)。 これは、素晴らしい策ではあるがカナディアン・ロッキーの生態学的完全性を保護するためには、観光地一か所だけでは十分ではない、と主張している。 個人的には、これは小さな一歩ということであり、これからも徐々にこのような策がとられるのかもしれない。(小野の私見) 
 

 観光業界で働いているこの研究員によると自然保護と観光促進についての議論は、そこにかかわる人たちの間での大きな話題になっているが、考えられる一つの提案は、すべての自家用車を鉄道、シャトルバス、ツアーバスに置き換えることを主張している。このアイデアは過激にも思えるが実際には理にかなっているのではないだろうか。調査によると、鉄道での旅客マイル当たりのCO2の排出量が最も低い。騒音公害はより狭い範囲に限定され、全体的には騒音レベルが抑制される。バンフ、ジャスパーなど目的地に到着したら観光客は、公共交通機関や徒歩、自転車などの代替交通手段を利用出来る仕組みができている。バンフでは、すべての観光スポットに徒歩、サイクリング、ローム公共交通機関(LRTや低床バスなど)を利用してアクセスでき、1回あたり2ドルと低額になっている。同時に観光客は運転疲労、道路渋滞、駐車場問題などから解放される。 
 
 筆者の経験では、アメリカのグランド・キャニオンの南リム一帯にこの仕組みが採られており、早朝から深夜まで無料のシャトルバスが稼働しており、いつも重宝している。スイスのツェルマットでは、一つ手前のテッシュの駅前に大きな駐車場があり、そこからは鉄道で達することになっている。ツェルマット一帯では徒歩またはロープウェイなどで動くことが主となっており、ホテルなどは客の送迎や荷物輸送には電気自動車を使用している。 
 

 バンフやジャスパーへの鉄道旅行の最大のネックは、その費用。カナディアン・ロッキーを走る2つの鉄道のVIAレールとロッキー・マウンテニア号は、豪華でぜいたくな旅行とみなされており、料金は自家用車に拠る旅行よりはるかに高額である。そこで、自家用車を完全に禁止しなくても、補助金を出すことや、観光客に自家用車使用を控えるように奨励すること等が考えられる。 
 
 カナディアン・ロッキーの国立公園群で働き、現地での経験や研究結果から主張される上記の意見については、これを傾聴する。しかしながら、筆者の私見では、ここでの鉄道の運行回数(トロント~ウィニペグ~エドモントン~ジャスパーバンクーバー:週2便運行 2023年現在)や料金を考えるとここで述べられている提案は、実現は極めて難しいと思う。現実的な方法としては、国立公園内各所における観光客の多いスポットで環境保護の規則をより強化すること、入場を制限することや集中を避ける何らかの手段を講じることが一法ではないだろうかと考える。(以下、次号) 
 
【資料と写真 上から順に】 
《資料》 
・Tourism and Animal Decline : The Future of Canada‘s National Parks(May 23,2023) 
: Catherine Sue,GRC(Global Reserch and Consulting Group Insights) 
《写真》 
・野生動物に近寄らないように、彼らを誘わないように! : パークス・カナダの案内より 
・ペイト―湖の展望台、グループでの撮影は順番待ち : 2009年8月30日 筆者撮影 
・モレイン湖への一般車乗り入れ禁止を伝えるパークス・カナダの案内より 
New in 2023 – Moraine Lake Road is closed to personal vehiclesyear round. 
・グランド・キャニオン 南リムのシャトルバス : 2015年9月21日 筆者撮影 
・VIA レール・カナディアン号、 ジャスパー駅にて 2009年8月31日 筆者撮影