2023.09.25 小野 鎭
一期一会 地球旅 280 カナダの大自然と遊ぼう24
一期一会・地球旅 280
カナダの大自然と遊ぼう㉔ Can-Rock⑭
《バンフの湖に見る生態系の保護と保全:その2》
 
 古い概念と新しい手法(Old concept, new methods)
 パークス・カナダの担当者は、在来種を危機にさらしている魚種を防除することは、カナダにおいては、新たな概念やプロジェクトではないと言っている。後述するヒドゥン湖のウェストスロープ・カットスロート・トラウト計画は、2011年に始められており、この湖やレイク・ルイーズの上流クリークのカワマス(ブルーク・トラウト)を駆除することが含まれていた。これらの事業は、大規模な環境影響評価、協議、公開会議、情報共有と計画フォーラムを経て、実行に移されている。ただし、今回のやり方は、駆除プロジェクト始まって以来の新たな方法であり、これについては、懸念している人たちもある。湖に網を張るとか、電気釣りといった従来型の手法もあったが、今回は、ロテノンとよばれる化学物質を用いる方法であり、この物質が魚の鰓(えら)から吸収され、酸素を妨げるやり方。これに対して、長年、湖に来ていた人たちの中には懸念している人たちもある。同様の手法は別の州でも物議を醸しているとのこと。このやり方は、先住民族とサケ保護団体の連合によって実施されており、川沿いのコミュニティには支持されている。しかし、この川と繋がっている別の湖では死んだ魚の浄化と化学物質の使用について懸念が表明されている。
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 CBC Newsのハンナ・コストのコメントはさらに続いているが、このくらいにして、パークス・カナダの資料 Helen and Katherine Lakesを見てみたい。
 
 パークス・カナダは、バンフ国立公園内の生態系の完全性を回復するため取り組んでいる。ヘレン湖とキャサリン湖には、元来、魚は住んでいなかったが1900年代初頭から釣り好きの観光客の要望に応えるため高地にある湖を整備し、ここにマス科の魚類を持ち込み、繁殖させた。やがて、この外来種は下流の在来種にとって代わっていった。その後、外来種は放っていないが過去の放流行為が公園内の水生生態系に影響していった。バンフでは、ウェストスロープ・カットスロート・トラウトは次のような理由から、危機に陥っている。外来魚により在来種の生育域が無くなる、外来魚との資源(餌)の争奪、イースタン・ブルック・トラウトやイェローストン・カットスロート・トラウトとの交雑、渓流の生息地の喪失と被害、水温の上昇と気候変動やその他の要因。
 
 魚のいない湖(Fishless Lakes)
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カナディアン・ロッキーの小さな高山湖は流出川が急勾配で魚が泳ぎ上れなくて魚がいない例はよくある。これらの湖での魚の放流は、生態系に大きな変化をもたらす。これらの魚は、カゲロウ、カワゲラ、トビケラなどの水生昆虫を好んで食べるため、魚がいるとこれらの昆虫がいなくなる可能性がある。昆虫は、淡水生態系で多くの機能を果たしている。例えば、有機物の分解、水から分子のろ過、底質に酸素を取り込む、などがある。山の湖に出現する昆虫は、多くの野鳥にとっては重要な食料源であり、歴史的に魚のいない湖に魚を放つと、魚の廃棄物が肥料として機能するため、これは藻類の増殖につながり、生態系の完全性の破壊につながり、さらに悪化させる可能性がある。
 
 パークス・カナダは、絶滅危機下にあるトラウトを救うために次のように4段階のプロセスでこれを進めている。1)安全な生息地の特定、2)外来魚の防除、3)ウェストスロープ・カットスロート・トラウトの再導入、4)成功例の継続監視と観察。 そのために、次のような作業が開始された。2011~2017年、ヒドゥン湖(Hidden Lake=隠れている小さな湖ではなく、れっきとした固有名詞)で、外来魚を釣り上げて駆除する方法、刺し網での捕獲、電気釣りに拠る方法など手動による外来魚(カワマス)駆除を試みたがいずれも成功には至らなかった。 そこで、アメリカで行われている魚毒性物質ロテノンによる駆除方法が実施されることになった。2018年から翌年にかけて、Hidden Lakeで実施され2020年には外来魚がすべて駆除され、魚の餌となる健全な昆虫と動物プランクトンの個体群が残っていることが確認された。そこで、ウェストスロープ・カットスロート・トラウトの再導入の可能性が出てきた。そして、2021年6月、孵化場から運ばれてきてヒドゥン湖の孵卵器で生まれた311匹の稚魚がヒドゥン・クリーク(渓流)に放たれた。このクリークで実に50年振りに泳いだウェストスロープ・カットスロート・トラウトである。
 
 ヒドゥン湖とほぼ並行して、2018~2020年にかけてヘレン湖の外来種をロテノンで駆除。さらに2021年8月、ヘレン湖(2度目)とキャサリン湖で外来種の駆除を行った。これにより、ヘレン湖は魚がいなかった元の状態に戻った。キャサリン湖も魚がいなかった元の状態に復帰しつつあることを確認するため今後も観測が必要である。継続してこれらの湖の監視が継続され、昆虫の個体数がどのように定着していくかを観測している。

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 「ロテノンは、ヘレン湖などの高山環境での魚の除去には非常に成功している。マメ科植物の根を原料とする薬物でカナダ東部の国立公園を含む世界中の魚の駆除に使用されている。従って、これを不当に大量に使用しない限り、人、哺乳類、鳥類にとっての危険性はない。これらの活動について理解いただき、パークス・カナダと共に生態系の完全性を保護・回復する旅を続けいただきたい」と結ばれている。

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 日本でも類似の話として、例えば、「オオクチバス」などがある。大正時代に日本に持ち込まれ、今や全国各地で見ることが出来る。通称「ブラックバス」と呼ばれ、主にゲームフィッシングの対象として人気が高い。繁殖力、定着力ともに高く、他の魚や甲殻類、水生昆虫などを旺盛に捕食し、日本の淡水の生態系に大きな影響を与えている。そのため、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」により、特定外来生物に指定されている。人間の都合で移入された動植物が後になって大きな問題になるというのはよくあることであり、たいへん難しい課題であることもまた事実であろう。
 

 バンフ国立公園の高山湖とその下流の在来種の保護と保全については今も観測が続けられている。ロテノンは、人、哺乳類や鳥類には危険はないといわれているが、それによる防除というのはやはり、個人的には、怖いような気がする。この項を書いているとき、NHK・BSの番組プレミアムカフェ 「大都会 東京を潤す神田川」を見た。その中で、神田川の源流である井之頭池の「かいぼり」が紹介されていた。一定期間ごとに池の水を干して池を清掃し、外来種の駆除と在来種の保護の三つが主たる目的とか。自然環境を保護・保全するためのとても好ましい方法に思えて興味深かった。今回バンフの湖で使用された薬品は十分な検査やテストを終えた後、慎重に防除作業が実施されていると説明されているが、人間を含めて、他の動植物などに本当に影響はないのだろうか、少しだけ不安を覚える。今回の高山湖でのプロジェクトは数年かかる調査や作業が行われているので、流入する水を一時的に止めるとか、別に流すとか、あるいは排水などに使用する器具や労働力などを考えるとここでは残念ながら、現実的ではないだろう。しかし、井之頭池の「かいぼり」などと類似の方法も検討して欲しいような気もする。
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 ヘレン・レイクという地名は知らなかったが、お客様から「行ってきたよ」というお話を伺って関心を持ち、調べているうちに生態系の保護と保全をテーマとした話題を知ることができた。村松様からその端緒を頂戴できたことを感謝しています。(以下、次号)
 
【資料と写真、上から順に】
《資料》
・Parks Canada kills fish in remote Banff lakes to protect at-risk native species. :  Hanna Kost ・CBC News    August 15, 2020
・Hidden Lake : Banff National Park、 Parks Canada 
・Helen and Katherine Lakes、: Banff National Park、Parks Canada(2023-01-18)
・特定外来生物 オオクチバス(中国・四国版) : 環境省 中国四国地方環境事務所
・NHK BSプレミアムカフェ 大都会 東京を潤す神田川紀行 2023/8/29
《写真》
・ヘレン湖でのロテノン散布の様子 : Parks Canada 資料(動画)より
・ヒドゥン湖(Hidden Lake:レイク・ルイーズ・スキーリゾートに近い高山湖): Hidden Lake, Parks Canada資料(動画)より
・渓流での移入種の電気釣りによる防除作業の様子 : Parks Canada資料(動画)より
・50年振りにHidden Creekに放たれるウェストスロープ・カットスロート・トラウト : Parks Canada資料(動画)より
・ロテノンは、他の生態系に危険はないと紹介されているヘレン湖上を泳ぐ水鳥 : Parks Canada資料(動画)より
・オオクチバス : 環境省資料「オオクチバス等の防除の手引き」より
・井之頭池のかいぼりの様子 : 杉並・生活者ネットワーク資料より