2023.10.02 小野 鎭
一期一会 地球旅 281 カナダの大自然と遊ぼう25
 一期一会・地球旅 281 
カナダの大自然と遊ぼう㉕ Can-Rock⑮ 
【気候変動による自然環境の変化 : 森林限界の上昇】 
 
 気候変動がもたらす自然環境の変化はさまざまなところで目撃されているが、アメリカ地球物理学連合(AGU)発行のEos会報に興味深い記事が掲載されている。報告は、科学誌のSmithsonian Magazine に掲載されたカナダの科学ジャーナリストMara Johnson-Grohの記事。要約すると、気候変動が自然景観に及ぼす影響に関するもの。Mountain Legacy Projectの研究者グループが100年前の測量写真などを使用して、アルバータ州カルガリーの南方、アメリカとの国境に近いクロウネスト(Crownest)国有林の100年間の変化をマッピングして、気候によって変化した地形を紹介したもので、具体的には、カナディアン・ロッキーの山岳の一つに見る森林限界の変化のことである。 
 
 森林限界とは、気象条件に拠り、それを越えると樹木が成長できない標高または高度の限界のことを指している。それは、気象パターンの変化と共に進化するため、樹木などの種が気候変動に対してどれほど影響されるかを特定するのに役立つ。ここで紹介されているのは、1927年に測量用に撮影されたクロウネスト峠付近の山頂部分のモノクロ写真を使用して、1世紀にわたる景観変化を定量化して比較したもの。それから90年後の2008年に撮影された同じ場所を比較すると20世紀初頭よりも森林限界が高くなっており、樹木の高さが高く、太く伸びていることが判明した。さらに森林保護区の丘の頂上には1931年に撮られた同じ場所の画像よりも明らかに多くの木が写っているという。これは、地球温暖化で植物の生態系がどのように変化し続けるのかを理解する上で役立つ。 
 
 もう一つは、同じアルバータ州であるがバンフ国立公園の北東部分に隣接するシフルー(Siffleur)自然保護区の山々(最高地点:Mt.Siffleur 3129m)。1927年から2007年までの80年間に雪線と森林限界がどのように変化しているかを見ることができる。研究対象資料として、20世紀初頭に撮影された写真8,000枚が複製されており、それらの対象地点を1世紀後の画像と比較すると状況が進化していることがわかり、注目すべきことは森林限界の上昇と森林密度が濃くなっていることだという。森林帯の上昇は一部の森林種にとっては有益であるが他の種にとっては迷惑を強いることになる。亜高山帯植物や動物の侵入、たとえば、アメリカ・シロゴヨウ(松の一種)などの樹木、シレネ・アカウリス(苔マンテマ)などの花、灰色ホシガラスなどの鳥類で高山帯に過去何千年も植生あるいは生息していた種に対してその植生・生育範囲を脅かすことになっていく。多くの人に人気のある大きくカリスマ的な動物で高山に生息している種はたくさんある。例えば、灰色ぐまは高山地帯に巣を作ることが多く、カリブーはこれらの地域で冬を過ごすが、その場所が次第に狭まっていくことになる、という。 
 
 十数万点の画像がまだ再現されていないため、マウンテン・レガシー・プロジェクトは今後数年をかけてロッキー山脈全体の変化を追いかけていきたいとのこと。研究者たちは、氷河の後退、森林火災、人間活動による自然環境の変化を見て行くためにデータセットを使用しているという。 
 
 日本について調べてみると、富士山の森林限界の上昇が紹介されていた。新潟大学佐渡自然共生科学センター崎尾均教授(センター長)らの研究グループと静岡大学防災総合センターの増澤武弘教授の共同研究で、富士山の南東斜面の森林限界に茂る落葉針葉樹のカラマツは、1978年から2018年を比較すると40年間で30m上昇したという。森林限界の上昇の理由は、ただの樹木の遷移ではなく、カラマツの樹形に変化があることから、外部要因(温暖化)が原因と思われるという。(富士山頂における6月から9月の平均最高温度は、2度近く上昇している)。(にいがた経済新聞) 
 
 自分自身はカナディアン・ロッキーやスイス・アルプスの山岳地帯を眺めるたびに森林限界を興味深く眺めてきたし、写真としてはあちこちでたくさん撮ってきた。しかしながら定点観測しているわけではないので森林限界が気候温暖化ですこしずつ上昇しているなどのことは知らなかった。今までは南の海で比較的多く見られた海草などが次第に北の海、例えば北海道の積丹半島の沖合などでも見られるようになっているとも聞いている。つまり、暖流に乗って北上するとか、海水温度の上昇などで海洋生物の北限が次第に北上しているのと同じようなことなのだろうか。 
 
 前述のマウンテン・レガシーでは、ここ100年間で森林限界や樹林帯の密度がどのように変化しているのかを定量変化という手法で研究していることが報告されているが、自分自身は森林限界の上昇などは思いもつかなかった。1960年代後半にスイスアルプス、1976年にはバンフ国立公園でくっきりした森林限界を見たときは、これが地理の授業で学んだ通りだと、納得したことを覚えている。それから43年間、これらの森林限界がどのくらい上昇してきたのか、等はまるで分らない。もし、同じ場所を幾度も撮っておいて比較すれば自分自身でもなにか気づいたかも知れないが、素人にとっては及びもつかないことであった。(以下、次号) 
 
【資料と写真、上から順に】 
《資料》 
・Because of Climate Change, Canada’s Rocky Mountain Forests Are on the Move:Mara Johnson-Groh,Eos.org.Aug.17,2020:Smithsonian Magazineより 
・At the Mountain Legacy Project we explore all that changes in Canada’s mountain landscapes. : Mountain Legacy Projectより 
・富士山の森林限界は温暖化で上昇、新大・崎尾均教授の40年間の現地調査で判明 : にいがた経済新聞 (2020-12-02) 
《写真》 
・クロウネスト森林保護区丘陵の森林地帯。左1931年、右2008年の森林部分が拡大している。Mountain Legacy Project 資料より 
・シフルー自然保護区の雪線と森林限界。左1927年、右2009年の積雪部分と森林限界の比較 : Mountain Legacy Project 資料より 
・富士山北側の森林限界は五合目(海抜2300m)より少し上:2021年11月21日筆者撮影 
・バンフ国立公園 クロウフット氷河付近の森林限界:2009年8月30日、筆者撮影 
・スイス・ツェルマット(海抜1616m)の集落と周辺の森林限界 :2011年7月18日 筆者撮影